「おい、待てよ」
へらへらとした苦笑いだけをその場に残し、僕は自転車のスタンドを跳ね上げた。ラックから車体を引き出そうとハンドルを強く握り直した……まさにその瞬間。
小野寺がぬっと僕の背後に回り込み、逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。
「な、何……?」
「お前さ……正直言って迷惑なんだよ」
(……迷惑? 何を真剣な顔で、僕にいちゃもんをつけてきてるんだ、こいつは)
「何もしてないけど……」
「柚希がちょっと小説好きだからって、調子に乗ってんじゃねぇよ。お前みたいな中途半端なやつが、柚希に近づいてんじゃねぇ」
僕から近づいたつもりなんて、最初から一ミリたりとも存在しないのだが……喉まで出かかったその正論を、僕は咄嗟に奥歯で噛み殺した。ここで感情的になってこんな連中と口論したところで、何の生産性もない。僕の大切な時間と精神力を無駄に消費するだけだ。
スクールカーストの頂点に君臨しておきながら、下位の人間をサンドバッグにして敵を作り出さなければ仲間内の団結すら保てないのだろうか、こいつらは。
(存在に突っかかって優越感を確かめようとするなんて、ずいぶんとおめでたい正義感だこと……)
胸の中でどこまでも冷ややかな毒を吐き捨てることで自我を保ち、僕は努めて淡々と返した。
「あ、ごめん。わかったから、そこどけてくれるかな?」
「……ったく、クソ陰キャが」
スニーカーの底を地面に乱暴に擦りつけながら、嘲笑うような態度で僕の動線を開ける小野寺。そんなやつの理不尽な威圧に、少し緊張してしまった自分が無性に情けなくて腹が立つ。
僕は言葉を交わすことすら拒絶するように無言でサドルに跨がり、ペダルに足をかけた。
(どいつもこいつも、ジロジロ見てんじゃねぇよ……)
胸の中で盛大な舌打ちを吐き捨て、その場から一刻も早く離れるためにペダルを強く踏み込む。その去り際、ほんの一瞬だけ柚希の顔が視界の端に映り込んだ。
柚希はどこか申し訳なさそうに、居たたまれなさで引きつった表情を浮かべて僕を見つめていた。
(……はぁー、マジであり得ねぇ。とんだとばっちりだ……)
気怠い怒りと虚しさをペダルに込めながら、僕は一人、夕暮れの帰り道をトボトボと進む。
いつもなら新作の構想や面白い表現をあれこれ練りながら走っているお気に入りの通学路だ。なのに今は、さっきの自転車置き場での胸糞悪いやり取りが嫌でも頭から離れてくれない。
(気にしたら負けだってわかってるのに……)
小野寺たちからすれば、僕とのやり取りなんて今頃もう綺麗さっぱり忘れているだろう。ただの暇つぶしで、カースト下の陰キャを弄って優越感に浸りたかっただけなのだから。
そんなこと……最初からわかりきっている。それなのに、僕の胸の奥でこのドロドロとしたモヤモヤが消えてくれないのは……きっと柚希のせいだ。
(……柚希、あんなグループにいて……本当に正解だと思ってるのか?)
ただの不真面目な友情ごっこで盛り上がっているだけの、浅はかでくだらない集団。仲間のため、柚希のためだと言わんばかりにイキっていたけれど、僕みたいな存在を威嚇したところで一体何の意味があるというのだ。
自分たちの領域を守るために、どんな小さな異物も徹底的に排除したいのかもしれないが……僕なんて、あいつらの輝かしい世界を脅かすことすらできない、ちっぽけ極まりない存在だというのに。
「はぁー、くだらねぇ……」
小さく漏らした独り言は、秋めいてきた冷たい夕風のピューという音にあっけなくかき消された。どうしてこうも、自分以外の人間が撒き散らす熱量というのは、これほどまでに気色悪いのだろう。
世界との本質的な温度差にため息をつき、ペダルを漕ぐ足取りはさらに重く、遅くなっていく。
「あ……」
いつもの半分以下のスピードでノロノロと帰路を進んでいたせいだろうか。通り沿いの電柱に貼り付けられた一枚のポスターが、やけに鮮烈な印象を持って視界に飛び込んできた。
(……初秋の花火大会、か)
この地域で毎年恒例となっている、季節外れの花火大会の告知ポスターだった。夏の盛りに開催される賑やかな祭りとはまた少し趣の違う、どこか侘しさを孕んだ規模の打ち上げ花火。
もちろん、僕のような日陰者には一切関係のないイベントだ……そう思いつつも、もうそんな季節になるのかと、時の流れの早さにどこか他人事のような驚きを覚えていた。
(ん、今スマホがブルった気がしたな……)
赤信号で自転車を止め、ポケットからスマホを取り出してみる。画面の通知欄には『柚希』からのラインが一件届いていた。
自分の顔からさーっと血の気が引いていくのを感じながら、おそるおそるメッセージ画面を開いてみる。
(……は!? 花火大会、一緒に行ってほしい……だって……!?)
それはどうやら二人きりのデートという訳ではなく……あの一軍グループの面々と花火大会に行くにあたって、僕にも一緒についてきてほしい、というお願いが第一にあるらしい。
(あのグループと? 死んでも願い下げだ……)
反射的にお断りの文面を打ち込もうとして……ふと、部室で読み終えたばかりの柚希の小説が頭をよぎった。周囲に合わせて自分を殺し、必死にクラスのマドンナを演じ続けている柚希の苦悩。あれは……もしかすると、僕に向けられたSOSなんじゃないだろうか。
あの一軍の連中は、誰も柚希の本当の素顔なんて知らない。柚希の腹の底にある泥臭い本音を理解しているのは、世界中で……僕だけなのだ。
だからこそ柚希は、場違いで浮いてしまうとわかっていながら、他ならぬ僕を指名して誘ってきたのかもしれない。
(まあ、どういう展開になるのか気になるし……逆に面白そうだな)
僕の腹の底にある、意地悪さが顔を出した。あの一軍グループが大好きなリア充イベントを盛り下げられたら……それはそれで、ざまあみろだ。
僕は不気味なほどの即レスで、柚希へ「いいよ」とだけ短くラインを返信した。
へらへらとした苦笑いだけをその場に残し、僕は自転車のスタンドを跳ね上げた。ラックから車体を引き出そうとハンドルを強く握り直した……まさにその瞬間。
小野寺がぬっと僕の背後に回り込み、逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。
「な、何……?」
「お前さ……正直言って迷惑なんだよ」
(……迷惑? 何を真剣な顔で、僕にいちゃもんをつけてきてるんだ、こいつは)
「何もしてないけど……」
「柚希がちょっと小説好きだからって、調子に乗ってんじゃねぇよ。お前みたいな中途半端なやつが、柚希に近づいてんじゃねぇ」
僕から近づいたつもりなんて、最初から一ミリたりとも存在しないのだが……喉まで出かかったその正論を、僕は咄嗟に奥歯で噛み殺した。ここで感情的になってこんな連中と口論したところで、何の生産性もない。僕の大切な時間と精神力を無駄に消費するだけだ。
スクールカーストの頂点に君臨しておきながら、下位の人間をサンドバッグにして敵を作り出さなければ仲間内の団結すら保てないのだろうか、こいつらは。
(存在に突っかかって優越感を確かめようとするなんて、ずいぶんとおめでたい正義感だこと……)
胸の中でどこまでも冷ややかな毒を吐き捨てることで自我を保ち、僕は努めて淡々と返した。
「あ、ごめん。わかったから、そこどけてくれるかな?」
「……ったく、クソ陰キャが」
スニーカーの底を地面に乱暴に擦りつけながら、嘲笑うような態度で僕の動線を開ける小野寺。そんなやつの理不尽な威圧に、少し緊張してしまった自分が無性に情けなくて腹が立つ。
僕は言葉を交わすことすら拒絶するように無言でサドルに跨がり、ペダルに足をかけた。
(どいつもこいつも、ジロジロ見てんじゃねぇよ……)
胸の中で盛大な舌打ちを吐き捨て、その場から一刻も早く離れるためにペダルを強く踏み込む。その去り際、ほんの一瞬だけ柚希の顔が視界の端に映り込んだ。
柚希はどこか申し訳なさそうに、居たたまれなさで引きつった表情を浮かべて僕を見つめていた。
(……はぁー、マジであり得ねぇ。とんだとばっちりだ……)
気怠い怒りと虚しさをペダルに込めながら、僕は一人、夕暮れの帰り道をトボトボと進む。
いつもなら新作の構想や面白い表現をあれこれ練りながら走っているお気に入りの通学路だ。なのに今は、さっきの自転車置き場での胸糞悪いやり取りが嫌でも頭から離れてくれない。
(気にしたら負けだってわかってるのに……)
小野寺たちからすれば、僕とのやり取りなんて今頃もう綺麗さっぱり忘れているだろう。ただの暇つぶしで、カースト下の陰キャを弄って優越感に浸りたかっただけなのだから。
そんなこと……最初からわかりきっている。それなのに、僕の胸の奥でこのドロドロとしたモヤモヤが消えてくれないのは……きっと柚希のせいだ。
(……柚希、あんなグループにいて……本当に正解だと思ってるのか?)
ただの不真面目な友情ごっこで盛り上がっているだけの、浅はかでくだらない集団。仲間のため、柚希のためだと言わんばかりにイキっていたけれど、僕みたいな存在を威嚇したところで一体何の意味があるというのだ。
自分たちの領域を守るために、どんな小さな異物も徹底的に排除したいのかもしれないが……僕なんて、あいつらの輝かしい世界を脅かすことすらできない、ちっぽけ極まりない存在だというのに。
「はぁー、くだらねぇ……」
小さく漏らした独り言は、秋めいてきた冷たい夕風のピューという音にあっけなくかき消された。どうしてこうも、自分以外の人間が撒き散らす熱量というのは、これほどまでに気色悪いのだろう。
世界との本質的な温度差にため息をつき、ペダルを漕ぐ足取りはさらに重く、遅くなっていく。
「あ……」
いつもの半分以下のスピードでノロノロと帰路を進んでいたせいだろうか。通り沿いの電柱に貼り付けられた一枚のポスターが、やけに鮮烈な印象を持って視界に飛び込んできた。
(……初秋の花火大会、か)
この地域で毎年恒例となっている、季節外れの花火大会の告知ポスターだった。夏の盛りに開催される賑やかな祭りとはまた少し趣の違う、どこか侘しさを孕んだ規模の打ち上げ花火。
もちろん、僕のような日陰者には一切関係のないイベントだ……そう思いつつも、もうそんな季節になるのかと、時の流れの早さにどこか他人事のような驚きを覚えていた。
(ん、今スマホがブルった気がしたな……)
赤信号で自転車を止め、ポケットからスマホを取り出してみる。画面の通知欄には『柚希』からのラインが一件届いていた。
自分の顔からさーっと血の気が引いていくのを感じながら、おそるおそるメッセージ画面を開いてみる。
(……は!? 花火大会、一緒に行ってほしい……だって……!?)
それはどうやら二人きりのデートという訳ではなく……あの一軍グループの面々と花火大会に行くにあたって、僕にも一緒についてきてほしい、というお願いが第一にあるらしい。
(あのグループと? 死んでも願い下げだ……)
反射的にお断りの文面を打ち込もうとして……ふと、部室で読み終えたばかりの柚希の小説が頭をよぎった。周囲に合わせて自分を殺し、必死にクラスのマドンナを演じ続けている柚希の苦悩。あれは……もしかすると、僕に向けられたSOSなんじゃないだろうか。
あの一軍の連中は、誰も柚希の本当の素顔なんて知らない。柚希の腹の底にある泥臭い本音を理解しているのは、世界中で……僕だけなのだ。
だからこそ柚希は、場違いで浮いてしまうとわかっていながら、他ならぬ僕を指名して誘ってきたのかもしれない。
(まあ、どういう展開になるのか気になるし……逆に面白そうだな)
僕の腹の底にある、意地悪さが顔を出した。あの一軍グループが大好きなリア充イベントを盛り下げられたら……それはそれで、ざまあみろだ。
僕は不気味なほどの即レスで、柚希へ「いいよ」とだけ短くラインを返信した。

