冷笑系の僕が、花火を見る君の横顔に恋をした

 ――残りは放課後、誰もいない文芸部の部室で一気に読み終えた。

 画面の向こうから、柚希の切迫した心の叫びが伝わってくる。初心者が最初に書き上げる物語なんて、本人の実体験や抑圧された本音の投影がほとんどだろう。

(そうか……柚希も僕と同じだったのか……)

 キラキラした眩しい世界の住人だと決めつけ、勝手にスカした陽キャだと見下して心を閉ざしていた。あの賑やかな一軍グループの連中は全員、悩みなんて一切なく、青春とやらを謳歌して前向きに生きているおめでたいやつらの塊だと思い込んでいたのだ。
 でも、柚希の腹の中は違った。柚希も、僕と同じだ。
 柚希も、自分を守るための鎧を必死に纏い、傷つかないようにもがきながら、誰にも届かない場所で叫び続けていた。
 僕が『冷笑主義』という毒を自分に注射して現実から逃げていたように、柚希は『完璧なマドンナ』という役割を演じることでしか、この残酷な教室に居場所を作れなかったのだろう。

(……あんなに恵まれた容姿を持っておいて、どうしてわざわざ嘘の自分を演じる必要があるんだよ)

 そう考えると、そんな生き方でしか自分を保てない柚希に対して、猛烈な腹立たしさを覚えてくる。僕は誰にも媚びず、誰にも合わせず、ただ胸の中にひっそりと敵意を隠し持つことで……懸命に自分の自我を守ってきた。
 それなのに柚希は、本当の自分を隠してまで周囲とうまくやろうと立ち回っている。その姑息で潔くない態度が、どうにも惨めで、酷く気に食わなかった。

(……もういいや。今日のところは帰ろう)

 文化祭用の原稿執筆もひと段落し、今はこれ以上何かを書く気力も残っていない。何より、スマホの画面で二万字を読み切ったせいで、目がシパシパと痛んでいた。
 部室を出て昇降口へと向かう。廊下を威勢よくダッシュしているバドミントン部や卓球部の連中を横目で見やりながら、上履きから外履きのスニーカーへと履き替えた。

「あ……」

 夕暮れ広がる自転車置き場でたむろしていたのは、よりによってあの一軍グループの面々だった。
 自転車通学の僕が自分の愛車に乗るためには、必然的にあのキラキラした悪魔の集団のど真ん中に突撃しなければならない。

(最悪だ……何だよ、やることないなら早く帰れよ……)

 なるべく存在感を消し、誰とも目を合わせないよう俯き加減で自分の自転車の前まで進む。ポケットから取り出した鍵を錠前に差し込もうとした、そのときだった。
 ずいぶんと前から僕の姿をじーっと凝視していたであろう柚希が、遠慮も躊躇もなく「ねぇねぇ」と声をかけながら近づいてきたのだ。

「え? な、何かな?」
「読んでくれた? 放課後に読むって言ったよね?」
「あ、ああ……うん」

 僕が頷いた瞬間、柚希の表情がわかりやすいほどパッと華やいだ。すぐに「どうだった?」と、目をキラキラと輝かせながら至近距離で覗き込んでくる。

「お、面白かったよ……すごく」

 本当はもっと、構成の妙や言葉選びの美しさ、そして作品の底に流れる生々しい熱量について語りたかった。けれど今は、背後から突き刺さる一軍男子たちの殺気立った視線が気になって気が気じゃない。
 苦笑いを浮かべ、面白かったなんて浅はかで定型句のような言葉しか返せない自分に対して、胸の奥でどろりとした消化不良の苛立ちが募る。

「嘘? やったぁ……倉科君に褒めてもらえるなんて……夢みたい」

(……何で、そんなに嬉しそうなんだよ)

 こんな中身のない薄っぺらな感想しか言えていないのに、柚希は心底嬉しそうに胸の前で両手をギュッと握りしめている。それほど僕のことを、文学においては尊敬してくれているということだろう。
 その歪みのない純粋な笑顔に、心が大きく揺さぶられてしまう。
 やっぱり……物語の構成についてや、登場人物の心の動きについて、そして柚希自身が描いた心の叫びについて……もっと深く、二人だけで言葉を交わしたい……。
 その激しい欲求が、胸の底から強く浮き出てくる。

「……おい、倉科」

 そんならしくない熱っぽい感情に自分でも驚いていた、まさにその瞬間。一軍男子グループの中で頭一つ飛び抜けて背の高い茶髪が、ゆっくりと僕に向かって歩み寄ってきた。

(学年一のイケメン、小野寺(おのでら)が何の用だ……)

 日頃から先生に黒染めしろと注意されても、涼しげな顔で適当にいなしているイメージしかない男だ。そんなひょうひょうとした小野寺が、どこか腹に一物あるような顔で僕の前に立ちはだかる。
 男性アイドルのような整った顔立ちを、僕は身を縮こまらせながら見上げるしかなかった。

「俺にも読ましてくれよ、お前の小説」
「え? いやぁ勘弁してよ」
「……柚希には読ませて、俺には読ませないんだな」

 小野寺はねっとりとした嫌みを込めるように、皮肉っぽく口元を歪めた。僕の執筆活動を心底馬鹿にし、踏みにじるような、意地悪で攻撃的な視線。冷や汗が背中を伝う。

「冗談だよ。誰も素人の書いた小説なんて読みたくねーって。柚希は俺たちの中でも、ちょっと変わった奇行種だからさ」

 小野寺の言葉を合図に、周囲を取り囲む一軍グループの男女四人が一斉に品のない笑い声を上げた。柚希はそんな彼らの真ん中で、「ちょっと、おい」とにこやかな笑顔のまま小野寺の肩を軽めのノリで叩いて突っ込んでいる。
 僕を馬鹿にして嘲笑っているのか、それとも彼らなりの『軽いノリのコミュニケーション』のつもりなのか。あまりに価値観の違う空間に放り込まれ、頭がクラクラとしてくる。

(まあ、素人っていうのはムカつくけど……こんなやつらの言葉に耳を傾けるのなんて愚かでしかないからな……)

 それより僕の胸を痛く刺したのは……さっきまであんなにも真剣な眼差しで文学を語っていた柚希が、この浅はかな連中の中心で、何事もなかったかのように一軍のノリに合わせて笑ってみせているという、残酷な現実だった。

(もういい……早くこの場から消えないと……)