冷笑系の僕が、花火を見る君の横顔に恋をした

(俺たち私たち、ただいま青春真っただ中です……みたいな顔して話してんじゃねぇよ……)

 クラスの最後尾、窓際の特等席。僕は机の上に突っ伏した肘に顎を乗せ、教卓の周りに群がるクラスの一軍連中を冷ややかな目で見下していた。
 僕……倉科(くらしな)陸斗(りくと)は、高校二年生の十七歳。
 あの眩しすぎる光の輪の中に混ざることなんて、この先一生あり得ないと思えるほど……ルックスも、成績も、運動神経も、すべてがパッとしない中途半端な人間だ。

(そもそも、あんな顔面偏差値の高い連中が、全員揃って中身の相性までいいわけがない。一軍っていうブランドが欲しいからって、無理して群れてるだけだろ)

「ダサ……」

 自分にしか聞こえない、吐息混じりの声を漏らす。
 僕はカバンの奥から、途中まで読み進めていた中原中也の詩集を取り出した。
 開いたページから立ち上る、古本特有の紙とインクが混ざった独特の香り。それを吸い込んでいるときだけが……生きてるって感じがする。

「陸斗、また読書かよ」

 突然、本来の主が離れて空いていた隣の椅子がガラリと音を立て、クラスメイトの清岡(きよおか)が勝手に腰を下ろしてきた。集中力の糸が、ぷつりと切れる。
 それと同時に、教室を満たす昼休みの喧騒が鼓膜へとなだれ込んできた。

「清岡か。今、いいところだったんだけど」
「まったく。せっかくの高校生活なんだから、もっとみんなと混ざって遊べばいいのに」
「お前だって知ってるだろ。僕がオタク気質の陰キャだってことくらい」

 坊主頭の清岡が、真面目な顔で頷く。いつもは野球部仲間とつるんでいる清岡だけど、こうやってたまに、僕のことを気にかけてくれるのだ。
 一年生のときにクラスが一緒で、たまたま二年連続同じクラスになったってだけで仲良くしてくれている……その不気味さにも、そろそろ慣れてきたところだ。
 こいつには何の打算もない。裏も表もない……ただの、良いやつだ。

「でもさ、陸斗。見ろよ、あいつらを」
「……ああ。一軍ね」
「そうそう。あの六人みたくさ、キラキラした学生生活送りたくね? ああいう陽キャグループに入れとは言わんけど、せめてどこかしらのグループの中に群れたほうがいいんじゃないか?」

 ……僕には、そんなうわべだけの仲間なんていらない。傷つかない安全地帯で群れて、青春の真似事をして生きていくなんて、まっぴらごめんだ。一人だって十分生きていける。
 ましてや恋愛なんて、僕からしたら時間の無駄とさえ思う。他人のことを想って時間を使うなんて、恥ずべき行為だろう。
 そんな思考をそのまま言葉にすれば、クラスの全方位を敵に回しかねない。僕は苦笑いを浮かべ、黙って口をつぐんだ。
 男子三人、女子三人。全員がモデルか何かかと見紛うほどの華々しい集団を視界の端に収めながら、心の中で嘲笑を浮かべる。

「授業始めるぞー。席につけー」

 強面の西澤(にしざわ)先生が、教卓を囲んでいた一軍連中をシッシと手を振って追い払う。うん、ちょっとだけいい気味だ。
 その声に反応した清岡が、僕と目も合わせずに「じゃあ」とだけ言い残して自分の席へ戻っていった。
 父親と同世代の西澤先生は、このクラスの担任だ。そして、僕が所属している文芸部の顧問でもある。
 良くも悪くも、僕がこの学校で一番に距離が近い大人といえる存在だった。

「教科書三十五ページを開いてくれー」

 西澤先生の担当教科は現代文。当然、僕の得意分野だ。特別頭がいいわけじゃないけれど、こと文系科目に関してだけはそれなりのプライドと自信がある。
 余裕をぶっこいて授業を聞いていた……はずが、いつの間にか思考はあらぬ方向へと脱線していた。

(仲間、か……)

 さっき清岡に言われた言葉が、思いのほか不快な棘となって耳に残っている。僕の高校生活は、そんなに無駄だらけに見えるのだろうか。
 価値観も合わない連中と無理してつるんで薄い笑いを浮かべるくらいなら、自分の好きな本を読んで時間を埋めるほうが百倍マシだ。
 授業さえ終われば、放課後は部室に行ける。文芸部には、同じ志を持つ先輩もいるし、僕と似たような屈折した性格の後輩も入ってきた。
 まあ、同学年の部員がいないのは少し寂しいけれど……だからといって、自分が周囲より劣っているなんて微塵も思わない。

(清岡の言ってることも、わかるけどさ……)

 要は、クラスの中にもそういう仲間を作れってことだろう。
 あいにく、現状で満足している。クラス全員と口を利けないわけじゃないし、清岡みたいに浅く付き合ってくれるやつだっている。
 僕には、それだけで十分だった。
 今しかできない青春を大切に、なんて……そんな必死すぎる合言葉、僕からしてみればチャンチャラおかしい笑い話でしかない。

「倉科、例の短編、書き上げたか?」

 ……その声で、我に返る。
 いつの間にか授業終わりのチャイムが鳴り響いており、教卓を離れた西澤先生が僕の席の前に立っていた。

「あ……あと一文だけ直せば完成です。今日提出しようと思ってたところで」
「そうか。じゃあ帰りのホームルームが終わったらもらうとするかな。休み時間中にできそうか?」
「はい。もう本当に、あと少しなので」

 文化祭で配布する部誌に掲載する短編の締め切りが、目と鼻の先に迫っていた。西澤先生は担任のよしみで、締め切り前に個人的な推敲や下読みを引き受けてくれる約束になっていたのだ。

 ……帰りのホームルームが終わった直後。
 僕は校正を終えたばかりの手書きの原稿用紙を丁寧に揃え、角形一号の茶封筒へと滑り込ませた。それを教卓の西澤先生へと手渡す。
 最近はワードなどの執筆ソフトを使うことが大半だったけれど、短編を書くときだけは、原稿用紙に万年筆で文字を打つ感覚が好きだった。
 マス目を埋めていく泥臭い作業だけが、自分が本気で物語と向き合っている証明のような気がしていたからだ。