波に消えたラブレター

 翌朝、ユイたちを起こさないよう、いつものようにそっと玄関を開け海に向かって歩いた。

 朝日はまだ上っていないのに空は明るく強烈な熱気が肌にまとわりつく。今日も暑くなる。浜辺に降りると、すぐに一成を見つけた。海の中、膝まで波につかり朝焼けの方を向いていたので黒いシルエットしか見えなかったけれど、私には一目で一成だとわかった。

 今日の彼はサーフボードを持っていなかった。ただ、佇んでいた。

 朝焼けが悲しいくらいきれい。
 彼はたぶんまだ泣いていない。
 大きな痛みはすぐには自分でもわからない。
 少し時間を置いてやってくる。でもいずれ泣く。傷から血が溢れるように、感情が溢れ出すにちがいない。今は傷を負った刹那の空白。

 私は高校生の時の失恋を思い出していた。あの痛みをもう味わいたくなくて、あの日以来、人を本気で好きになることが怖かった。


 明るさを増した砂浜に波が寄せては返す。私はゆっくりと砂浜を歩き、一成の背中を見つめた。
 ざざーん、ざざーん、と波が寄せては返す。
 うみねこが薄い雲の彼方で鳴いている。

 私はしゃがんで、指先で砂浜に触れた。

 一成がゆっくりと振り返り、私に気付く。
 私は彼を見上げ、静かに微笑んだ。
 一成は海の中を数歩歩いて足を止め、朝日を見つめつぶやくように言った。

「……ダメだったよ」

 声は波の音に紛れた。

 好きな人が傷つく姿が切なくて。

「一成……」

 人差し指で砂をなぞる。

『I fell in love with you.(私はあなたに恋に落ちたよ)』

 たとえあなたの好きな人に想いが通じなくても、あなたを大切に想う人がいる。

 波が、砂の文字をさらってゆく。

 一成がこちらを向き、最初会った時のように照れくさそうに笑った。

「大丈夫?」と訊くと一成は言った。

「今は大丈夫じゃない」

 昇り始めた朝日が、一成の横顔をゆっくりと照らしていく。

「でもいつか大丈夫になる」

 たとえまた傷つくとしても。
 この想いが、その痛みを少しでも和らげるのなら伝えたい。
 ただ側にいる方がいいのなら、ずっと側にいる。
 彼の心から笑った顔がもう一度見たかった。

 明日の朝、彼はもうこの海にはいないから——