波に消えたラブレター

 照りつける太陽の下、三人で一度道路に出て、ビーチサンダルで海岸まで歩いた。

 砂浜が見えてくると、テントを張ってバーベキューをしているにぎやかな人たちがいた。
 叔父さんと一成が親しげに彼らと挨拶を交わし、私を紹介してくれた。叔父さんの学生時代の仲間が中心に集まった中で、年が若いのは私と一成だけ。一成は子供の頃から顔を出していたようで、みんなにかわいがられていた。

「てっきり美月ちゃんは一成がアメリカから連れて帰ってきたガールフレンドかと思ったよ」

 そう茶化されて一成は「美月に迷惑だよ」と照れて焦っていたけれど、私は悪い気はしなかった。もし、この人達に私が一成の彼女だと紹介されて、これからも遊びに来られるようになったらどんなにいいだろう。

 そう思う自分に気づいた時には、私はもう恋に落ちていた。


 肉がひととおり焼けた頃、千夏が浜辺にやってきた。
 長い髪を風になびかせ、水色のワンピースに着替えている。砂浜には不釣り合いなほど涼しげで、テントの人たちに「千夏ちゃん、久しぶり」と声をかけられると、人懐っこい眼差しで微笑んだ。

 一成の視線がすぐに千夏を追う。
 千夏がバーベキューの輪に加わると場の空気が華やいだように感じられた。冷えた缶ビールを受け取り、誰とでも気さくに談笑する。
 大きく口を開けて笑うのに下品さはなく、口数は多くないのに話の中心にいる。

 一通り食べ終えると、缶ビールを片手にみな思い思いにくつろぎ始めた。千夏がサンダルを脱ぎ捨て、酔った足取りで海に歩いていくと一成が席を立ち後を追った。

 日はもう傾いていた。
 叔父さんたちがこの後にどこかの店に行こうと話しているのを聞きながら、私は二人のシルエットを見ていた。
 ふらふらと歩く千夏の手を一成が取り、その手を千夏が笑いながら振り払う。

 一成は真っ直ぐ千夏を見ている。千夏は目を合わせない。自分に向けられた気持ちに気づいている人の、わざとそらす仕草だった。その距離感を楽しんでいる。人の気を惹くことが上手くて、でも向き合う気もなくて。そんな人ほど魅力的で——。惹かれ、落ちてゆく。
 

 バーベキューの後、二次会は断って別荘に帰った。
 一成は私が疲れたと思って送ると言ってくれたけど、それも断った。優しくしないでほしかった。
 別荘に帰ると、シャワーを浴び、すぐにベッドにもぐり眠った。

 

 深い海に落ちてゆく夢を見た。
 仰向けになって体の力は抜けて、ゆっくり沈んでゆく。
 
 海面の太陽の光がまばゆい。それがだんだん遠のいてゆく。

 最初は明るい藍色の世界に包まれていた。息苦しさも感じて、そろそろ海の上に出て空気が吸いたいと思う。でも、落ちてゆくほどに海面は遠く、戻りたくても戻れない。その頃には太陽の光はとどかなくて周りは真っ暗。

 不思議と息苦しさは感じなくなっていた。どこまでもどこまでも体は落ちてゆく。やがてグランブルーの世界に到達する。

 神聖な誰にも犯されていない無垢(むく)(あお)い世界へ——。




 翌朝、海に行くと一成が海にいた。朝日が輝く海の中にいた。
 彼も私を見つけると、沖からサーフボードを抱えて波打ち際に向かって歩いてくる。

「泳がないの?」

 一成が白い歯を見せて笑う。私は髪を耳にかけながら首を小さく振った。

「今日は散歩」

 人を好きになると、世界が違って見える。
 高校生の時、初めてつき合った人にも同じ情熱を覚えた。でも、彼の情熱は長続きしなくて私はすぐに振られてしまった。それ以来、本気で人を好きになるのはやめようと思った。

 一成に心が惹かれていく一方で一成を好きになることを強く拒絶する自分がいる。

 私が砂浜を歩き出すと、一成も並んで歩き出した。

「一成は海でおぼれたことある?」

「あるよ。子供の頃に一度ね」

「苦しかった?」

「それが不思議とそうでもないんだ。最初は苦しくてもがいてたんだけど、そのうち意識が遠くなって苦しさを通り越すっていうのかな。だんだん苦しさの感覚が麻痺してふわーって感じになるんだ」

「わかる気がする」

「美月もおぼれたことがあるの?」

「ないけど……」

「じゃあなんでわかるのさ」

 眩しそうに海を眺めながら一成が苦笑した。

「美月」一成がこちらを向き、真剣な顔をした。

「あのさ、僕、明後日にアメリカに帰るんだ」

 どきりとした。

「まだ夏休みは残ってるでしょう?」

「うん。でも母親が今、親父と離婚して向こうにいるんだ。だからそっちにも顔を見せなくちゃいけなくて。それで」

 一成は決心をしたように大きく息を吐いてから言った。

「それで、好きな子に告白しようと思う」

 波の砕ける音がやけに大きく聴こえた。

「前に、好きな子はいるかって聞いただろ。いるんだ。その子にダメもとで告白してからアメリカに帰ろうと思う。決めたんだ」

 今、告白したわけでもないのに、一成は緊張していた。

「千夏ちゃんだね……」

 私がため息をもらすように言うと、一成は「どうしてわかったの」と目を大きくした。

 わかるよ。そして彼女に告白した後の答えも。女同士だからこそ痛いほどわかる。彼女のような子は、一成のような純朴なタイプを好きになる子じゃないことも。

 私は言葉に迷った。うまくいかないとわかっていて、告白を勇気づけるのは失恋の傷を大きくするだけ。嘘はつきたくなかったし、一成には傷ついてほしくなかった。

「今夜、叔父さんたちと僕の送別会を兼ねてレストランで食事をするんだ。千夏も来るから、その後で告白しようと思う」

 一成の真剣な目は私に「がんばってね」の後押しの言葉を期待している。私はまっすぐ一成の目を見て言った。

「想いが通じるといいね」