孤独で最強の龍人が、盲目の私を、義務的な護衛対象から妻にするまで

 白色とも銀色とも呼べる絹のような肩を越える髪は、彼の顔の横ですらりと流れた。指先に至るまで肌は白いが、しかし男性特有の骨ばったもの。体つきも同じで、鍛えられた筋肉が軍服越しからでも見てとれる。彼の隣に置かれた剣で鍛えているのだろう。しかもその腕は相当なものらしい。軍服についた徽章が、外から入る日光に当たり、順にきらりと光った。

「顔を上げろ」

 長房の言葉により、時雨はゆるりと秋之橋家へ顔を向ける。その瞬間、隣に座る母のあや子が「ひゅっ」と息を呑んだ。
 あや子がそうなるほど、時雨は端正な顔の持ち主だった。伏せた顔すら整っていたが、真正面から見れば目を見張るほどの美貌だった。切れ長の瞳は青く染まり、薄い唇は真一文字にキュッと結ばれている。そんな時雨には、所作にさえ無駄がない。名家の出身かと勘違いするほど洗練された動きは、思わず動きを止めて見入ってしまうほど。

「これから頼むぞ。花野が嫁ぐ、その日まで」
「お任せください。この命にかけても花野さまをお守りします」

 やわらかな時雨の声に、花野は耳を傾けた。聞いているだけで心地いい声だが、よくよく聞くとピリッとした緊張感をまとっている。それは時雨だけでなく、長房もあや子も同じ。三者三様それぞれが重たい空気をまとっているのを、花野はしっかり感じていた。

 だからこそ、というわけではないが、自分も背中に力を加え、佇まいを直す。そうして三つ指を揃え、ゆっくりお辞儀した。

「秋之橋花野でございます。目が見えないため何かとご不便おかけするとは思いますが、今後はよろしくお願いいたします」
「……え」

 そう言ったのは時雨だった。今までの彼の言動に合わない、感情がのった声だった。

(もしかして私が盲目であることを今知った? いえ、事前に知らされているはずよね)

 不思議に思った花野だが、時雨から布が擦れる音が聞こえる。彼が「こちらこそ」と言ったため、彼が再び頭を下げたのだと、花野は遅れて理解した。
 すると長房は「挨拶は以上だ」と、この場から早めに退室した。あや子も続いて退室しようとしたが、ピタリと動きを止める。

「――護衛の方、ちょっと」

 そうしてあや子と時雨は、そろって退室した。残された花野は、大人しく二人が戻ってくるのを待つ。後に、まだ聞きなれない足音を響かせながら、時雨だけが戻ってきた。

「これからお嬢さまのお部屋まで案内していただけますか? 中には入りませんので」
「それは、もちろん……」

 急に二人きりとなり、花野は少しだけ心臓が速く動いた。
 盲目ということもあり、あまり家から出ない花野は、当然男性と話す機会が少ない。屋敷で働く使用人は女性ばかりだし、男兄弟もなく一人っ子。そのため男性といえば、父の長房しかいなかった。それが急に時雨という男性がそばにいることになったからちょっとした混乱に陥る。考えてみれば、花野にとってすさまじい環境の変化だ。

「では参りましょう。お手を……」
「ひゃっ」

 ひんやりとした手が触れ、花野はとっさに手を退いた。その行為が、盲目の自分を支えるために時雨が良かれと思ってやったことだと遅れて理解し、すぐさま謝罪する。

「も、申し訳ありません。だけど家の中はよく知っているので、手を引いていただかなくて大丈夫です」
「…………」
「あ、あの?」

 何も返事がない。不思議に思っていると、遅れて時雨が言葉を発した。

「分かりました。急に触れてしまい、失礼しました」

 それに対して「いえ、私こそ……」と言った花野だが、胸中では疑問が湧いていた。

(さっきの間は、何だったのかしら)

 そうして花野を先頭に、彼女の部屋まで二人縦に並んで戻って行く。
 中庭に面した廊下を歩くと、うぐいすの声が聞こえ、花野は思わず足を止めた。

「可愛い声。まるで春らしい暖かな陽気を、喜んでいるようですね」
「…………えぇ」

 またしても「間」があったことを感じながら、それでも花野は話を続ける。

「あなたは、獣人なのですよね? 元は何の動物か、教えていただいても?」
「え――」

 この質問に、時雨は明らかに今までとは違った反応を見せた。聞いてはいけないことだったかと、花野は少したじろぐ。だけど、質問を撤回しようとは思わなかった。

 なぜなら花野は知りたかったからだ。時雨のことをたくさん知れば、この緊張感も薄らいでいくのでは……と思ったから。
 あとは、純粋に話してみたかった。

 花野は今まで外に出ることはなく、ずっと家にいた。用事があれば向こうから出向いてくれる生活は、盲目の花野にとって良く言えば安全だが、悪く言えば退屈だった。

 使用人の中には、昔から秋之橋家に従事する者も何人かいるから、屋敷の中ですれ違えばその者たちと話す程度である。――そう。花野は一人でいる時間がすこぶる長いのだ。
 そんな花野にとって、時雨の存在は新鮮で、もっと言えば有難いものだった。

「俺は……龍です」
「まぁ」

 龍は動物なのだろうか、という疑問は、今は置いといて。
 時雨がしばらく寡黙だったため、答えてくれないかと思った。しかし後ろからポツリと声が聞こえ、花野は思わず両手を合わせて喜ぶ。

 うぐいすの声を聞きながら、立ち止まったまま二人は会話を続た。

「獣人の方は、耳があったり尻尾があったりすると聞いたことがあります」
「俺は、見た目は普通の人間です。ただ、左腕に鱗がうねるように並んでいます」
「鱗がっ」

 初めて知る世界に驚いて、花野は声を大きくしてしまった。もちろん、すぐに失態だと気づいて謝罪したが。しかし時雨は「構いません」の一言。

(怒らないなんて……落ち着いた方ね)

 自分の容姿についてとやかく言われるのは、人間だって好き嫌いが分かれるというもの。
「構わない」と言いつつ、実は嫌がっているのでは――?

 花野は、こっそり時雨の気配を探る。しかし、彼からは何も感じない。
 両親と話している時は、二人から発せられる喜怒哀楽の雰囲気がよく分かる。それだけ花野に心を許しているからだろう。反対を言えば、今の時雨は、花野を警戒しているのだ。だから心を開こうとしない。ゆえに花野は、何も察することができない。

(出会ったばかりだもの。当たり前ね)

 けれど、と。花野は、さっき両親から出ていた気配を思い出す。
 あの重苦しい空気は、明らかに怒っているそれだった。両親は、何に対して怒っていたのだろう。そして時雨を廊下へ呼び出した母は、彼に何を言ったのだろう?

「――花野さま、そろそろお部屋に戻りましょう」

 時雨に促され、ハッと我に返る。気づけば、うぐいすはとうに鳴き止んでいた。

「あ……ごめんなさい。行きましょうか」

 話し相手がいると喜んでいたが、よく考えれば、時雨は仕事でここにいるのだ。あまり無駄話をするのは、彼とて不本意かもしれない。
 そんなことを思いながら、花野は率先して歩く。すれ違う使用人たちに、いつものように笑顔で挨拶をしながら。