孤独で最強の龍人が、盲目の私を、義務的な護衛対象から妻にするまで


「関係がないともいえないし、あるとも言えない。しかし、こちらとしては『証拠を握った後に』問い詰めたい。そうすれば確実に牢獄送りにできるからね」
「だから俺に、証拠を握ってこい、と?」

 またもや水落は頷く。例にもれず、にっこり笑顔で。

「枯元家には、公にできない隠し事があるかもしれない。縁談が決まり、秋之橋家と枯元家はこれから密に関わっていくだろう。護衛につく君も然りだ。婚約まで時間は少ないが、機を見て証拠を集めてほしい」
「言うは簡単ですが……」

 (俺は、あと三日しか花野の傍に居られないというのに)

 獣人が護衛の任務を終える時期は、明確には決まっていない。しかし大体は婚約・結婚するまで、という認識が浸透している。つまり「未来の異能者が生まれる算段が立つまでの護衛」というわけだ。

 異能者が子供を宿せば、生まれてくる子供もまた異能者である確率が高い。そこに至るまでに異能者が死ぬことがあれば、国にとって大打撃。だから護衛をつけるのだ。異能者の血が途絶えないようにするために。

 言わば獣人の護衛は、異能者という「国の兵器」を保持するための、下劣な国策なのである――

 話を戻して。
 つまり婚約が決まった花野を、もう時雨は守らなくて良くなった、というわけだ。花野が枯元家に入った瞬間、時雨はお役御免となる。
 つまり枯元家を近くで偵察できるのも、あと三日。

(これは、いくら何でも急すぎる……)

 そんな不満を抱いていると、脳裏にピンと「ある推測」が浮かんだ。

「まさか初めからこうするために上は、俺に花野を護衛するよう仕向けた……?」

 だとしたら、恐ろしいほど全てが繋がる。……面白くない。今まで掌の上で踊らされていた、というわけだ。

 しかし水落は「どうだかねぇ」と笑みを崩さない。この人なら理由を知っているような気もするし、何も知らないような気もする。
 出会った時から掴めない人だった。詮索するだけ無駄だということは、時雨がいやというほど知っている。

 もちろん今も然り。水落は、飄々とした態度を崩さない。

「というわけで、よろしくね。簡単でしょ? 獣人の、それも龍の力を使えばさ。君は特級獣人なんだから」
「……その頼みの綱の獣力は『強力すぎる』とそちらが封印したんでしょう。封印を破らない限り、滅多な技は使えませんよ。それでは」

 一礼してそそくさと退散する。目にも止まらぬ速さでドアを閉めようとしたが、「あ」とどうやら伝え忘れたことがあったらしい水落に呼び止められた。

「もし思ってるご令嬢がいたら、奪ってしまえばいいんじゃない? 君のそんな顔を見られるなんて、なんだか僕は嬉しいよ。いつも鬼みたいだからね。人間一人を娶って君が丸くなるなら、両手をあげて賛成するよ」
「……何とでも言ってください。では」

 今度こそドアを閉めると、中から「え~」と残念がる声が聞こえた。当然、時雨は眉間のシワを深める。

(人が悩んでいることを、あぁやって茶化して楽しむんだから質が悪い)

 しかし時雨の頭の中に「奪って」や「娶って」などの言葉が何度も回る。けれど……こうして意識していることさえも水落の思い通りな気がして、慌てて意識を切り替えた。

 前から思っていたが、人間の「思った通りに獣力を使いたがる行動」には辟易する。
「滅多な技は使えない」と言った時、残念そうにした水落を思い出すとまた苛立った。

(勝手なものだ。日ごろは『封印してるから安心』と思っているくせに)

 それで頼りたい時だけは遠慮なく頼ってくるのだから気に食わない。これではまるで人間の玩具だ。

 時雨がフンと鼻を鳴らそうとした時。「大尉~」と、クマの耳を頭に生やした部下・熊鉢(くまばち)が、青い顔をして時雨を迎える。

「早くこんなとこ出ましょうよ。さっきから視線が痛くて~」

 熊鉢の言うことは尤もで、廊下を行き交う軍人が二人を見ていた。物珍しさからだろう。普段獣人は、本部に来ることはないから。

 軍に所属する獣人は、本部とは別の場所へポツンと立つ建物を拠点にしている。まるで隔離されるように……というのは間違いではない。というのも、どうやら軍の異能者が「獣人が反乱を起こさないように」と様々な結界が張っているらしい。

 中で過ごす獣人には何の影響もないらしいが……そんなことをされれば「信用していない」と言われているも同じだし、いい気はしない。

 しかし、そうかといって「本部に拠点を移すか?」と問われれば、答えは否だった。こんなトゲばかりの視線のなかでは、熊鉢のように気分が悪くなるのは当然だ。

 そんなことを思っていると、通りすがった軍人のヒソヒソ声が聞こえる。

「おい、あれって」
「獣人だぜ。なんでここにいるんだか」
「謀反でも起こしにきたのかよ、ってな」

 まるで聞かせるような悪態。しかし、もう慣れたものだ。熊鉢はあまり本部へ来ないが、時雨は大尉だけあって招集も多い。こうして矢面に立たされる回数が増える度に、だんだん慣れて行ったのだ。
 だから部下のように顔を青くすることはない。逆にスッと目を細め、話す軍人たちを鋭く見返すことはあるが。

(しかし自分に不都合な話など、聞いていてもやはり楽しくない)

 いつも笑みを浮かべる花野を思い出す。
 周りから向けられる視線は、決していいものばかりではなかった。それは花野の傍についた数日の間に、いやというほど分かった。

 だからこそ感服する。
 あの不快感の中、よくもあれだけ笑えたものだ、と。

 花野を思い出した、その時だった。軍服の下に隠れた時雨の鱗に、違和感を覚える。まるで針でチクチクさしているような、そんな小さな不快感。

 けれど少しして、その不快感は巨大な怖気に切り替わる。その瞬間、時雨の体がビクリと揺れた。次に、まるで金縛りにあったように動けなくなる。

「大尉、獣力が……!」

 熊鉢が、青い顔をしている。
 それもそのはず。
 気づけば自分の周りを、稲妻が走っては消えていた。すると空模様が一気に変わる。快晴だった天気は、今にも雨が降りそうな曇天へ――これが時雨の獣力だと知る熊鉢は「大尉」と、さっきよりも声を震わせた。

「ついに正体を表したな、獣人め……!」
「……」

 いつの間にか二人の周りには、いつでも異能を出せるようにと手を構える軍人たちがいた。どうやら獣人が謀反を起こしたと、勘違いされているようだ。

「大尉、このままでは捕まってしまいます。漏れてる獣力を抑えてください……!」
「……っ」

 時雨とてそうしたいのは山々だが、鱗が疼いて仕方ない。
 左腕に並ぶ鱗が、まるで蓄電するようにビリビリ震えている。それに伴い、熱も帯びてきた。それは腕から広がり、すぐに全身へ広がる。

 体の中を走る獣力が、時雨の本能を刺激している。
 まるで「早くこの力を使え」と言わんばかりに。

(鱗を渡した花野に何かあった、ということか)

 獣力で獣力を抑えようとしていると、ガチャリと近くの扉が開く。さっきまで時雨と話していた水落が「おーおー、派手にやってるねぇ」と相変わらず笑っていた。

「時雨、ここは気にせず行けばいい。君の獣力が漏れているのは、もしかしたら『ハヤテ』のことかもしれない。私はまだ、あの存在を諦めてはいないからね。
 だから行っておいで。助けてあげなければ」
「その可能性は限りなく低いですが……今は、感謝します」

 時雨は今も雷を纏いながら、ついに真っ暗になった曇天へ目を向ける。「ふー」と長く息を吐きながら、廊下に並ぶ、開けっ放しの窓を見た。

「熊鉢、すまないが俺の匂いを辿って、急いで後を追って来てくれ」
「わ、分かりました!」

 返事を聞くや否や、時雨は足で床を蹴り上げる。瞬時大きな白龍へ姿を変え、窓の外から飛び出した。

 軍人たちのどよめきと、「いってらっしゃーい」と言う水落の呑気な声が聞こえる。だけどそれを振り払わんとする勢いで体をくねらせ、龍人特有の嗅覚を活かした時雨は、光の速さで目的の場所に移動した。