試合が終わってみんなが引き上げた頃、あたしとミクちゃんは試合会場近くの休憩所で落ち合った。というか、レオに呼び出された。
バックレはきっと許されない感じで、用件はもう分かっている。
レオは宣言通りにハットトリックを決めた。返事はしていないけど、レオとしてはあたしと付き合うだけの資格を満たしたと思ってるんだろう。
一人で行きたかったけど、ミクちゃんは今日こそレオに告白するって決めていたし、置いて一人で行ったらそれこそ大変なことになる。
野外の休憩所は屋根が付いていて、その下に壁はなく、簡易的なベンチがあるだけだ。こちらに背を向けて待つレオは、リラックスした感じでスポドリを飲んでいた。
「レオ……」
自分でもビックリするほど力のない声で呼びかけると、振り返ったレオの顔色が曇る。分かってるよ。一人で来なくて悪かったと思ってるよ、一応。
ミクちゃんになんとか悟られないよう、申し訳なさを目に滲ませて頷く。届いたかどうかは分からない。
死ぬほど気まずい沈黙を、何も知らないミクちゃんが破る。
「レオ君、お疲れ様。試合……本当にカッコ良かった……!」
「ありがとう」
目にハートマークが浮かんでいるんじゃないかってぐらいミクちゃんはレオ君に愛しさをブチ撒けていた。
「本当にすごいよ! 試合前に指を三本立てていたのって、今日はハットトリックを決めるぜっていう意味だったんでしょ?」
「……ああ、まあね。よく分かったな」
レオはどこか救いを求めるような目をこちらに向けてきた。あたしは目を逸らした。今のあたしから何かを言う資格なんてない。
「とりあえず良かったよ。あれで二点どまりだったらカッコ悪かったしな」
「うん」
「……」
「……」
「うん」
「うん」
あまり話したことのない二人。すぐ死んだみたいに会話が止まる。あたしは半ば現実逃避で、どこでどうしたらこの事態を防げたのだろうかと考えていた。
「レオ君、ちょっとお話があるの」
ふいにミクちゃんが真剣な顔になる。一瞬だけ何かを確認するみたいにあたしの方を見たけど、それがどういう意味なのかも分からずに頷いていた。
「もう気付いているかもしれないけど、わたしはレオ君のことが好きです」
じっとレオの目を見つめるミクちゃん。息が詰まり、胸が苦しくなった。知らぬ間に呼吸することも忘れている。
「お願いです。わたしと正式に付き合って下さい!」
ミクちゃんが頭を下げる。というよりは、レオの反応を直視出来なかったのだと思う。けなげに自分の気持ちを伝えられるミクちゃんの存在が羨ましかった。あたしもそれぐらい素直で強くなれたら、どれだけ楽に生きられたのだろうと。
好きって言えるって、本当に選ばれた人にだけ与えられた能力だと思う。ミクちゃんの勇気ある行動を見て、自分が嫌になる。
レオは表情の読み取れない顔でミクちゃんのことをじっと眺めていた。きっと色んなことを考えているのだと思う。
ここ最近であたし達三人は急激に仲良くなった。レオの答えによって、今まで築き上げてきたものがバラバラに崩壊する可能性だってある。だって、そこに恋愛感情が入り込んでしまったから。
何とも言えない気持ちになっていると、レオが沈黙を破る。
「はじめに、君の気持ちを素直に打ち明けてくれてありがとう」
その言葉に、ミクちゃんが顔を上げる。
「そうやって自分から好きって言えるのって、本当にすごいことだと思う。今まで色んな人から声をかけられたけどさ、こんな直球で好きって言ってくれる子なんてほとんどいなかった」
「それじゃあ……」
「……ごめん、俺は君の気持にこたえてあげることが出来ない」
レオの言葉に、半径五メートル以内の時が止まる。息が出来なくて、本当に苦しい時間が何秒も続いた。死にたい。逃げたい。今日一日をなかったことにしたい。そんなことを思いながらこの地獄みたいな光景を見守っている。
「そう……」
ミクちゃんが下を向く。その視線は地面に伸びるレオの影に向かっていた。
「ごめんよ、本当に」
レオも本音を伝えるのが苦しそうだった。仲が良かっただけに、フる方も心に傷が付くのだろう。
うつむいたミクちゃんが、レオの影を見つめながら口を開く。
「本当はリホちゃんだったの?」
「ん?」
「試合の前に三本の指を立てたのって、リホちゃんに向かってだったの?」
それを言われた時、血の気がさーっと引いていった。レオはミクちゃんを見たまま、何も言えなかった。
その所作を見ただけで、ミクちゃんはすべてを悟ったようだった。
「そう……なんか、わたしって馬鹿みたい。本当に、一人で勘違いして、一人で舞い上がって……」
そこまで言いかけて、ミクちゃんは顔を覆う。耐えきれなくなって走って行ってしまった。その気持ちは痛いほど分かった。
「ミクちゃん!」
「待てよ」
ミクちゃんを追おうとしたあたしをレオが止める。
「そんなこと言ったって、ミクちゃんが……」
「あんな感じになるのなんて、当たり前だろ。親友を傷付けておいて、お前は逃げるのかよ」
それを言われた瞬間、胸に言葉が突き刺さった気がした。いや、それはまさにあたしの心に刺さったんだ、図星過ぎて。
あたしは何も言い返すことが出来ず、レオの目をじっと見つめていた。レオの目が、怒りから悲しみを孕んだものへと変わっていく。
「頼むよ、俺にもチャンスをくれよ。一回ぐらいさ……」
レオはあたしの両肩に手を置いて言う。今までに見たことのない真剣な顔だった。
ふいに涙が溢れてくる。もうあたしも逃げられないんだって思うと、自分でも分からない感情が溢れて止まらなかった。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
あたしは最低だ。
自分が傷付きたくないからって、ミクちゃんもレオも傷付けた。本当はあたし自身が素直になれば良かっただけなのに、そんなことも出来ない自分が嫌になった。
嗚咽して、鼻水が出てくる。今のあたしはなんてブサイクなんだろう。それでも、あたしは本当の気持ちを伝えないといけない。もう逃げるわけにはいかないから。
「好きなの……」
「え?」
あたしの言葉に、フられるとばかり思っていたレオの顔に困惑が浮かぶ。そうだよね、これじゃあ何を伝えたいか分からないよね。
「あたし、好きなの……ミクちゃんのことが。本当に、どうしようもないくらい……!」
……言ってしまった。もう後には引けないのだと思うと、涙が止まらなかった。
あたしはずっとずっとミクちゃんのことが好きだった。友達としてではなく、恋人のような存在として。
はじめは友達としての付き合いだったけど、それがいつの間にか恋愛感情にすり替わっていた。それでもミクちゃんはレオのことが好きで、とてもじゃないけどそんなことを言い出すことなんて出来なかった。
「そうか、そうだったのか」
レオはあっけにとられつつも、どこか腑に落ちた顔をしていた。本能的には何かを感じ取っていたのかもしれない。
「なんだよ、それじゃあ俺の出る幕はねえよなあ」
溜息をついて、遠くを見る。一生懸命に戦って試合に負けた時みたいな顔をしていた。
「ごめんなさい、本当に……」
嗚咽するあたしを、レオはそっと抱きしめてくれた。それは男女のやり取りというよりは、仲間をいたわるような温かみがあった。
「行ってやれよ」
「え?」
「ミクちゃんのこと、好きなんだろ? だったら追いかけてやれよ。フられるかもしれないけどさ。それは俺だって同じだし。何があっても離れたりはしねえからさ。その時は全員がフられた友達としてまた一緒にツルもうぜ」
レオの言葉に思わず笑ってしまう。想像したら、かなり奇妙な三人組だ。
「ウケるね、それ」
「ウケるだろ? フられてもそうなるだけだから怖がるなよ。リホは十分に勇敢だよ」
そう言われると、涙が引いた。
「そうだね」
手首で涙を拭うと、ティッシュで鼻をかんだ。今の顔はひどいだろうから、鏡も見たくない。それでも……。
「あたし、言ってみるよ」
「うん」
レオは頷く。今までで一番カッコよく見えた瞬間かもしれない。
「じゃあ、行ってくる」
あたしはミクちゃんの行った方へと駆けていく。
この先の未来で、もしかしたらミクちゃんを追いかけたことを死ぬほど後悔するかもしれない。それでも、今はいいと思った。
誰よりも彼よりも、本当に自分の気持ちを伝えるべきだったのはあたし自身だったんだ。
今まではずっと逃げていた。思いを伝えることによってこれまで関係が壊れてしまうとか、それによって傷付くことを恐れていた。いまだにそれは怖いことではあるけれど、それでも前に進まないといけない時はある。それはきっと、今なんだと思う。
息を切らせて、ミクちゃんの行った方へと走っていく。たった一つのことを成し遂げるために。
――今度こそ、好きって言おう。
傷付くことは怖いけれど、それだけじゃ何も変わらない。だからこそ前へ進もう。そんなことを思いながら、夕暮れになりかけた空の下を走っていった。
【了】
バックレはきっと許されない感じで、用件はもう分かっている。
レオは宣言通りにハットトリックを決めた。返事はしていないけど、レオとしてはあたしと付き合うだけの資格を満たしたと思ってるんだろう。
一人で行きたかったけど、ミクちゃんは今日こそレオに告白するって決めていたし、置いて一人で行ったらそれこそ大変なことになる。
野外の休憩所は屋根が付いていて、その下に壁はなく、簡易的なベンチがあるだけだ。こちらに背を向けて待つレオは、リラックスした感じでスポドリを飲んでいた。
「レオ……」
自分でもビックリするほど力のない声で呼びかけると、振り返ったレオの顔色が曇る。分かってるよ。一人で来なくて悪かったと思ってるよ、一応。
ミクちゃんになんとか悟られないよう、申し訳なさを目に滲ませて頷く。届いたかどうかは分からない。
死ぬほど気まずい沈黙を、何も知らないミクちゃんが破る。
「レオ君、お疲れ様。試合……本当にカッコ良かった……!」
「ありがとう」
目にハートマークが浮かんでいるんじゃないかってぐらいミクちゃんはレオ君に愛しさをブチ撒けていた。
「本当にすごいよ! 試合前に指を三本立てていたのって、今日はハットトリックを決めるぜっていう意味だったんでしょ?」
「……ああ、まあね。よく分かったな」
レオはどこか救いを求めるような目をこちらに向けてきた。あたしは目を逸らした。今のあたしから何かを言う資格なんてない。
「とりあえず良かったよ。あれで二点どまりだったらカッコ悪かったしな」
「うん」
「……」
「……」
「うん」
「うん」
あまり話したことのない二人。すぐ死んだみたいに会話が止まる。あたしは半ば現実逃避で、どこでどうしたらこの事態を防げたのだろうかと考えていた。
「レオ君、ちょっとお話があるの」
ふいにミクちゃんが真剣な顔になる。一瞬だけ何かを確認するみたいにあたしの方を見たけど、それがどういう意味なのかも分からずに頷いていた。
「もう気付いているかもしれないけど、わたしはレオ君のことが好きです」
じっとレオの目を見つめるミクちゃん。息が詰まり、胸が苦しくなった。知らぬ間に呼吸することも忘れている。
「お願いです。わたしと正式に付き合って下さい!」
ミクちゃんが頭を下げる。というよりは、レオの反応を直視出来なかったのだと思う。けなげに自分の気持ちを伝えられるミクちゃんの存在が羨ましかった。あたしもそれぐらい素直で強くなれたら、どれだけ楽に生きられたのだろうと。
好きって言えるって、本当に選ばれた人にだけ与えられた能力だと思う。ミクちゃんの勇気ある行動を見て、自分が嫌になる。
レオは表情の読み取れない顔でミクちゃんのことをじっと眺めていた。きっと色んなことを考えているのだと思う。
ここ最近であたし達三人は急激に仲良くなった。レオの答えによって、今まで築き上げてきたものがバラバラに崩壊する可能性だってある。だって、そこに恋愛感情が入り込んでしまったから。
何とも言えない気持ちになっていると、レオが沈黙を破る。
「はじめに、君の気持ちを素直に打ち明けてくれてありがとう」
その言葉に、ミクちゃんが顔を上げる。
「そうやって自分から好きって言えるのって、本当にすごいことだと思う。今まで色んな人から声をかけられたけどさ、こんな直球で好きって言ってくれる子なんてほとんどいなかった」
「それじゃあ……」
「……ごめん、俺は君の気持にこたえてあげることが出来ない」
レオの言葉に、半径五メートル以内の時が止まる。息が出来なくて、本当に苦しい時間が何秒も続いた。死にたい。逃げたい。今日一日をなかったことにしたい。そんなことを思いながらこの地獄みたいな光景を見守っている。
「そう……」
ミクちゃんが下を向く。その視線は地面に伸びるレオの影に向かっていた。
「ごめんよ、本当に」
レオも本音を伝えるのが苦しそうだった。仲が良かっただけに、フる方も心に傷が付くのだろう。
うつむいたミクちゃんが、レオの影を見つめながら口を開く。
「本当はリホちゃんだったの?」
「ん?」
「試合の前に三本の指を立てたのって、リホちゃんに向かってだったの?」
それを言われた時、血の気がさーっと引いていった。レオはミクちゃんを見たまま、何も言えなかった。
その所作を見ただけで、ミクちゃんはすべてを悟ったようだった。
「そう……なんか、わたしって馬鹿みたい。本当に、一人で勘違いして、一人で舞い上がって……」
そこまで言いかけて、ミクちゃんは顔を覆う。耐えきれなくなって走って行ってしまった。その気持ちは痛いほど分かった。
「ミクちゃん!」
「待てよ」
ミクちゃんを追おうとしたあたしをレオが止める。
「そんなこと言ったって、ミクちゃんが……」
「あんな感じになるのなんて、当たり前だろ。親友を傷付けておいて、お前は逃げるのかよ」
それを言われた瞬間、胸に言葉が突き刺さった気がした。いや、それはまさにあたしの心に刺さったんだ、図星過ぎて。
あたしは何も言い返すことが出来ず、レオの目をじっと見つめていた。レオの目が、怒りから悲しみを孕んだものへと変わっていく。
「頼むよ、俺にもチャンスをくれよ。一回ぐらいさ……」
レオはあたしの両肩に手を置いて言う。今までに見たことのない真剣な顔だった。
ふいに涙が溢れてくる。もうあたしも逃げられないんだって思うと、自分でも分からない感情が溢れて止まらなかった。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
あたしは最低だ。
自分が傷付きたくないからって、ミクちゃんもレオも傷付けた。本当はあたし自身が素直になれば良かっただけなのに、そんなことも出来ない自分が嫌になった。
嗚咽して、鼻水が出てくる。今のあたしはなんてブサイクなんだろう。それでも、あたしは本当の気持ちを伝えないといけない。もう逃げるわけにはいかないから。
「好きなの……」
「え?」
あたしの言葉に、フられるとばかり思っていたレオの顔に困惑が浮かぶ。そうだよね、これじゃあ何を伝えたいか分からないよね。
「あたし、好きなの……ミクちゃんのことが。本当に、どうしようもないくらい……!」
……言ってしまった。もう後には引けないのだと思うと、涙が止まらなかった。
あたしはずっとずっとミクちゃんのことが好きだった。友達としてではなく、恋人のような存在として。
はじめは友達としての付き合いだったけど、それがいつの間にか恋愛感情にすり替わっていた。それでもミクちゃんはレオのことが好きで、とてもじゃないけどそんなことを言い出すことなんて出来なかった。
「そうか、そうだったのか」
レオはあっけにとられつつも、どこか腑に落ちた顔をしていた。本能的には何かを感じ取っていたのかもしれない。
「なんだよ、それじゃあ俺の出る幕はねえよなあ」
溜息をついて、遠くを見る。一生懸命に戦って試合に負けた時みたいな顔をしていた。
「ごめんなさい、本当に……」
嗚咽するあたしを、レオはそっと抱きしめてくれた。それは男女のやり取りというよりは、仲間をいたわるような温かみがあった。
「行ってやれよ」
「え?」
「ミクちゃんのこと、好きなんだろ? だったら追いかけてやれよ。フられるかもしれないけどさ。それは俺だって同じだし。何があっても離れたりはしねえからさ。その時は全員がフられた友達としてまた一緒にツルもうぜ」
レオの言葉に思わず笑ってしまう。想像したら、かなり奇妙な三人組だ。
「ウケるね、それ」
「ウケるだろ? フられてもそうなるだけだから怖がるなよ。リホは十分に勇敢だよ」
そう言われると、涙が引いた。
「そうだね」
手首で涙を拭うと、ティッシュで鼻をかんだ。今の顔はひどいだろうから、鏡も見たくない。それでも……。
「あたし、言ってみるよ」
「うん」
レオは頷く。今までで一番カッコよく見えた瞬間かもしれない。
「じゃあ、行ってくる」
あたしはミクちゃんの行った方へと駆けていく。
この先の未来で、もしかしたらミクちゃんを追いかけたことを死ぬほど後悔するかもしれない。それでも、今はいいと思った。
誰よりも彼よりも、本当に自分の気持ちを伝えるべきだったのはあたし自身だったんだ。
今まではずっと逃げていた。思いを伝えることによってこれまで関係が壊れてしまうとか、それによって傷付くことを恐れていた。いまだにそれは怖いことではあるけれど、それでも前に進まないといけない時はある。それはきっと、今なんだと思う。
息を切らせて、ミクちゃんの行った方へと走っていく。たった一つのことを成し遂げるために。
――今度こそ、好きって言おう。
傷付くことは怖いけれど、それだけじゃ何も変わらない。だからこそ前へ進もう。そんなことを思いながら、夕暮れになりかけた空の下を走っていった。
【了】



