「あれ? なんか想像より怖くない?」
夜の神社を訪れたあたし達。ここからちょっと歩いたら普通の街なのに、夜の神社はすごく静かだった。
夜空には雲が多いのか、月が隠れて不気味さを増している。秋風は気持ちいいけど、それが柳を揺らす音がさらなる気味の悪さを引き立てていた。
ふとミクちゃんを見ると、ガチで怖がっているように見えた。そうだよね、こういうのが比較的大丈夫なあたしでもちょっと怖いもん。
でも、ビビっている場合じゃない。今夜のあたしにはやるべきことがあるから。
「ウケるな、おい。ここ、暗すぎじゃないか?」
陽キャど真ん中のレオは言葉とは裏腹にいつものおちゃらけた感じで、こいつって恐怖心なんて本当にあるんだろうかって気になってくる。あまりにも怖がってくれないと、吊り橋効果って出ないと思うんだけど……。
「そりゃそうでしょ。だって、ここって心霊スポットだよ? なんかいるかもしれないし」
「はいはい、たしかになんかいるかもしれないな」
レオは子供をあやすみたいに言う。なんだかこっちがミジメになってくる。でも、そんなことを言っている場合じゃない。
あたしはこの肝試しに向けて、綿密な作戦を立ててきた。
それは、最初に三人で目的地の神社を目指して、道すがらスッと抜け出す。はぐれたことにしてミクちゃんとレオは二人っきり。さすがにそこではドキドキするはずだから、そこにあたしがダメ押しに行く。
白い服を隠し持って来たので、それを着て離れたところからちょっとだけ姿を現す。同じく仕掛け人のミクちゃんが半ばガチで「キャー!」って逃げるはずだから、その時にレオの手を掴んで二人で逃げる。
後は知らぬ間に手を繋いでいた二人の距離が文字通り急接近って段取りだ。
作戦は完璧……なはず。穴があるような気もしないではないけど、そうも言っていられない。
神社の境内には明かりがないので、基本的に移動は懐中電灯だけですることになる。これで電気が点いたら雰囲気も台無しだしね。
境内の中に細く伸びる光の筋がいい感じだった。この頼りない光が一層心霊スポットらしさを演出してくれる。ただ暗いだけなんだけどね。
「じゃあ行こう。霊が出るっていうのは境内の中らしいからさ」
「おう。でもこれって幽霊を見つけたら成功になるのか? 一応心霊スポットだし」
「そうかもね。見つけたところで微妙な気分だけど」
「ねえ、これ本当に行くの? なんか本当に出そうじゃない?」
震える声でミクちゃんが本当に怖がっている。かわいい……じゃなくて、仕掛ける側の人間が怖がっていてどうすんの。でも、オチを知っていて妙に落ち着いているのも不自然だからこれはこれでいいのかなと思う。
「大丈夫だよ、ミクちゃん。何かあったらレオがどうにかしてくれるからさ」
「そうだ。サッカー部の逃げ足を舐めるなよ」
「逃げるのかよ」
あたしがツッコむとレオが爆笑する。やっぱりこいつのメンタル鋼すぎる。いよいよ作戦が上手くいくのか不安になってきた。
「とりあえず手でも繋いでいくか?」
「うん、それならミクちゃんと繋いであげて。怖がってるから」
アドリブでそう言ったけど、我ながら上手く繋いだなって思う。ミクちゃんとレオは接近するし、あたしとレオが手を繋いだら身動き出来なくなる。
「よろしく……」
恐る恐る手を出しだすミクちゃん。レオがその手を優しく取る。なんだか微妙な気分になるけど、気にしないことにした。
「それじゃ、行こ」
境内に入ると、参道を歩いて進んでいく。とは言っても大して大きな神社でもないので、社務所や手水舎があるわけでもなく、小さな本殿があるだけだ。これが夜になると絶妙に暗くなって、柳がガサガサするものだから神様がいる場所というよりは心霊スポットに見えるという……。
それって神社としてはどうなんだとは思うけど、ドキドキを共有するためには良き空間でもある。
三人で夜道を歩いて行くと、沈黙を嫌ったのか、ふいにレオが口を開く。
「そういやさ、リホはなんでショートカットにしたんだ?」
「なによ、急に」
「いやさ、ポニーテール似合ってたのになって思っていたから」
暗闇の中で微妙な空気が広がる。レオがそう言ったからショートにしたんだけど、そう言うわけにもいかない。
「別に、そういう気分だっただけなんだけど。別にいいじゃん、ポニーテールフェチなら今のミクちゃんがそうなんだから」
「ポニーテールフェチって」
暗闇の中でレオがおかしそうに笑う。ミクちゃんからは表情が消えていた。
ミクちゃんはレオの好みを聞いて、セミロングからポニーテールに髪型を変えた。少しでもレオの好みになろうとした、いじらしい努力。それを知っているだけに、この会話をあんまり続けるべきじゃないんだと思った。
「ほら、よくミクちゃんを見てみなよ。かわいいでしょ?」
「ああ、まあ、そうだな。この距離ではっきり言うのはアレだけど」
「よく言うよ。女の子に困ったことなんかないくせに」
「おい待て。それじゃあ俺がヤリチンみたいだろ」
「はい出ましたセクハラ発言。ミクちゃん、逮捕してあげて~!」
夜の参道が騒がしくなる。このままだと単にバチ当たりなことをしているだけだなと思ったので、そろそろ二人とはぐれようかと思う。
本殿をぐるっと回る時に、先に手を繋いだ二人を行かせて曲がり角からサッと抜けていく。少ししたら「あいつどこに行った?」ってなるだろうけど、この狭い境内でそこまで心配することはないだろう。
あたしはバッグに隠し持っていた白いワンピースを取り出すと、今着ている服の上からさらに着込んでいく。近くで見るとおかしなビジュアルになるけど、遠くから薄明かりで見える程度なら気にはならない。
次に取り出したのは白いマスクだ。何かのホラー映画に出てきた女性の怨霊みたいなデザインで、不気味な笑みを浮かべているように見えるそれは用意してきたあたしでもちょっと怖い。
さて、これらを装着したらさっさと先に行った二人をおどかそう。玉砂利をゆっくりジャリ、ジャリって踏んで歩いた方が雰囲気は出るのかな。そういう練習もしておけば良かったな。
ともあれ、時間がないので小走りで先へ進むと、やっぱりというかレオたちはいなくなったあたしを探していた。
「おい、リホ。どこに行ったんだよ!」
ミクちゃんの手を繋いで周囲を見回すレオ。いい感じ。このまま放っておいて見ていたいぐらい。
と、そうもいかないので雰囲気を出すためにジャリ、ジャリっと音を立てながら二人のもとへ近付いていく。
「おい、どこに行ってたんだよ……って、え?」
レオの顔が曇る。視界に映った白い女は、思った以上にインパクトがあったようだ。
「お前、何やってんの?」
「へっ?」
あたしは思わず間抜けな声を出す。顔に懐中電灯の光を当てられてうわって顔を逸らす。夜の境内に現れた白い女の正体はあっという間にバレてしまったようだった。
何かを察したらしいレオが口を開く。
「お前、もうちょっと……いや、何でもない」
「ちょっと、少しは怖がりなさいよ。あたしが馬鹿みたいでしょ」
実際にもう馬鹿みたいなんだけど、それについては触れないというか認めたくない。
「まったくお前はしょうもな……え……?」
「しょうもないとか言わないでよ。こっちは一生懸命やってんのに。ちょっと、聞いてんの⁉」
固まったレオに逆ギレ気味に言うと、レオが口をパクパクさせながら何かを指さしている。
「なによ。後ろ?」
振り返ったあたしは、その場で固まった。わたしのすぐ後ろには、ぼんやりと白い着物を着た女性が俯いたまま立っていた。
だけど、その足首から先はなくて、明らかに浮いているように見えた。
血の気が引いていく。その顔は本当に真っ白で、顔が気になるのに絶対に見たくない。首筋には細かい血管が浮かんでいて、それが妙に生々しかった。
秋の夜が、さらにじっと冷えていく。
え? え? え? え?
まさか、「本家」が出てきちゃった?
「あ、あ、あ、あ、」
本物の幽霊が変な声を出しながらゆっくりと顔を上げていく。理由は分からないけど、本当的にその顔を見てはいけないのだと思った。
「きゃあああ!」
ミクちゃんの悲鳴で意識が現実に引き戻される。それと同時に、絶対に遭ったらアカン奴に出会ったことを理解した。
「うわああああ!」「ぎゃあああ!」
レオも、脅かす側だったはずのあたしも、絶叫を上げながら走って逃げる。腰が抜けかけたミクちゃんはレオに手を引かれて走っていった。
ミクちゃん、運動が苦手だったはずなのに火事場の馬鹿力でめっちゃ速くなってる。
呼吸を止めたまま、っていうか叫びながら参道を全力で逃げる。運動会でもこんなに思い切り走ったことはないかも。
ようやく境内から出ると、街明かりがはっきりと見えるところまでやって来た。多分ここまで逃げればセーフなんだろう。願望込みだけど。
膝に手を当てて、乱れまくった呼吸を整える。ガチで死ぬかと思った。
「なんだよ、あれは……!」
「分かんない。本物じゃない? 状況的に……」
お互いにぜえぜえ言いながら言葉を交わす。
いつも笑っているレオが本気でビビっていた。ミクちゃんも本来の能力を超えるスピードで走ったせいか、つらそうだった。
「わたし達、もしかして呪われちゃったりするのかな?」
「さすがにそれは理不尽じゃない? だって、別に怨まれるようなことはしてないじゃん」
「バチが当たるようなこともしてないよね?」
「うん、多分……多分だけど」
言いながら『神社で肝試しってもしかしたらアウトだったんだろうか』と考えがよぎったけど、頭を振ってごまかした。少なくとも境内に唾を吐くとか、本殿にイタズラをしたとかはやってない。
「いやあ、すげえもんを見ちまったな」
いち早く呼吸を整えたレオが、冷静さを取り戻している。
「本当に、予想外」
変装も解かずにここまで逃げてきたけど、特にツッコまれてはいない。それだけさっきのが衝撃体験だったってことだけど。
「いるんだね、本当に、霊……」
ミクちゃんも変な興奮状態みたいな顔になっている。ぜえぜえ言いながらも、見た目がいいと変顔でもかわいいから得だよなと思って見ていた。
「SNSで投稿したらバズりそうな気もするけど、ホラー映画でそういうことをやった奴って死ぬよな」
「うん、死ぬね」
そういうことをするキャラはわりと早い段階で見せしめみたいに殺される。幽霊にとってもSNSって馬鹿発見器なのかもしれない。それはそれとして――
「とにかく、みんな無事で良かったよ」
これ以上に言えることはなかった。
それに本物の幽霊(?)が出てきてくれたお陰で、おちゃらけキャラのレオも死ぬほどビビったはず。さっきからミクちゃんがコアラみたいにくっ付いているのに何も気にしていないようだった。
吊り橋効果、あったのかな……。
くっつく二人を見て、複雑な想いが沸いてくる。
でも、これでいいんだと思う。これが一番自然であるべき形なんだ、きっと。
結果として作戦はこれ以上ないくらいに上手くいったはずなのに、あたしの心は雲がかかったみたいになっていた。
夜の神社を訪れたあたし達。ここからちょっと歩いたら普通の街なのに、夜の神社はすごく静かだった。
夜空には雲が多いのか、月が隠れて不気味さを増している。秋風は気持ちいいけど、それが柳を揺らす音がさらなる気味の悪さを引き立てていた。
ふとミクちゃんを見ると、ガチで怖がっているように見えた。そうだよね、こういうのが比較的大丈夫なあたしでもちょっと怖いもん。
でも、ビビっている場合じゃない。今夜のあたしにはやるべきことがあるから。
「ウケるな、おい。ここ、暗すぎじゃないか?」
陽キャど真ん中のレオは言葉とは裏腹にいつものおちゃらけた感じで、こいつって恐怖心なんて本当にあるんだろうかって気になってくる。あまりにも怖がってくれないと、吊り橋効果って出ないと思うんだけど……。
「そりゃそうでしょ。だって、ここって心霊スポットだよ? なんかいるかもしれないし」
「はいはい、たしかになんかいるかもしれないな」
レオは子供をあやすみたいに言う。なんだかこっちがミジメになってくる。でも、そんなことを言っている場合じゃない。
あたしはこの肝試しに向けて、綿密な作戦を立ててきた。
それは、最初に三人で目的地の神社を目指して、道すがらスッと抜け出す。はぐれたことにしてミクちゃんとレオは二人っきり。さすがにそこではドキドキするはずだから、そこにあたしがダメ押しに行く。
白い服を隠し持って来たので、それを着て離れたところからちょっとだけ姿を現す。同じく仕掛け人のミクちゃんが半ばガチで「キャー!」って逃げるはずだから、その時にレオの手を掴んで二人で逃げる。
後は知らぬ間に手を繋いでいた二人の距離が文字通り急接近って段取りだ。
作戦は完璧……なはず。穴があるような気もしないではないけど、そうも言っていられない。
神社の境内には明かりがないので、基本的に移動は懐中電灯だけですることになる。これで電気が点いたら雰囲気も台無しだしね。
境内の中に細く伸びる光の筋がいい感じだった。この頼りない光が一層心霊スポットらしさを演出してくれる。ただ暗いだけなんだけどね。
「じゃあ行こう。霊が出るっていうのは境内の中らしいからさ」
「おう。でもこれって幽霊を見つけたら成功になるのか? 一応心霊スポットだし」
「そうかもね。見つけたところで微妙な気分だけど」
「ねえ、これ本当に行くの? なんか本当に出そうじゃない?」
震える声でミクちゃんが本当に怖がっている。かわいい……じゃなくて、仕掛ける側の人間が怖がっていてどうすんの。でも、オチを知っていて妙に落ち着いているのも不自然だからこれはこれでいいのかなと思う。
「大丈夫だよ、ミクちゃん。何かあったらレオがどうにかしてくれるからさ」
「そうだ。サッカー部の逃げ足を舐めるなよ」
「逃げるのかよ」
あたしがツッコむとレオが爆笑する。やっぱりこいつのメンタル鋼すぎる。いよいよ作戦が上手くいくのか不安になってきた。
「とりあえず手でも繋いでいくか?」
「うん、それならミクちゃんと繋いであげて。怖がってるから」
アドリブでそう言ったけど、我ながら上手く繋いだなって思う。ミクちゃんとレオは接近するし、あたしとレオが手を繋いだら身動き出来なくなる。
「よろしく……」
恐る恐る手を出しだすミクちゃん。レオがその手を優しく取る。なんだか微妙な気分になるけど、気にしないことにした。
「それじゃ、行こ」
境内に入ると、参道を歩いて進んでいく。とは言っても大して大きな神社でもないので、社務所や手水舎があるわけでもなく、小さな本殿があるだけだ。これが夜になると絶妙に暗くなって、柳がガサガサするものだから神様がいる場所というよりは心霊スポットに見えるという……。
それって神社としてはどうなんだとは思うけど、ドキドキを共有するためには良き空間でもある。
三人で夜道を歩いて行くと、沈黙を嫌ったのか、ふいにレオが口を開く。
「そういやさ、リホはなんでショートカットにしたんだ?」
「なによ、急に」
「いやさ、ポニーテール似合ってたのになって思っていたから」
暗闇の中で微妙な空気が広がる。レオがそう言ったからショートにしたんだけど、そう言うわけにもいかない。
「別に、そういう気分だっただけなんだけど。別にいいじゃん、ポニーテールフェチなら今のミクちゃんがそうなんだから」
「ポニーテールフェチって」
暗闇の中でレオがおかしそうに笑う。ミクちゃんからは表情が消えていた。
ミクちゃんはレオの好みを聞いて、セミロングからポニーテールに髪型を変えた。少しでもレオの好みになろうとした、いじらしい努力。それを知っているだけに、この会話をあんまり続けるべきじゃないんだと思った。
「ほら、よくミクちゃんを見てみなよ。かわいいでしょ?」
「ああ、まあ、そうだな。この距離ではっきり言うのはアレだけど」
「よく言うよ。女の子に困ったことなんかないくせに」
「おい待て。それじゃあ俺がヤリチンみたいだろ」
「はい出ましたセクハラ発言。ミクちゃん、逮捕してあげて~!」
夜の参道が騒がしくなる。このままだと単にバチ当たりなことをしているだけだなと思ったので、そろそろ二人とはぐれようかと思う。
本殿をぐるっと回る時に、先に手を繋いだ二人を行かせて曲がり角からサッと抜けていく。少ししたら「あいつどこに行った?」ってなるだろうけど、この狭い境内でそこまで心配することはないだろう。
あたしはバッグに隠し持っていた白いワンピースを取り出すと、今着ている服の上からさらに着込んでいく。近くで見るとおかしなビジュアルになるけど、遠くから薄明かりで見える程度なら気にはならない。
次に取り出したのは白いマスクだ。何かのホラー映画に出てきた女性の怨霊みたいなデザインで、不気味な笑みを浮かべているように見えるそれは用意してきたあたしでもちょっと怖い。
さて、これらを装着したらさっさと先に行った二人をおどかそう。玉砂利をゆっくりジャリ、ジャリって踏んで歩いた方が雰囲気は出るのかな。そういう練習もしておけば良かったな。
ともあれ、時間がないので小走りで先へ進むと、やっぱりというかレオたちはいなくなったあたしを探していた。
「おい、リホ。どこに行ったんだよ!」
ミクちゃんの手を繋いで周囲を見回すレオ。いい感じ。このまま放っておいて見ていたいぐらい。
と、そうもいかないので雰囲気を出すためにジャリ、ジャリっと音を立てながら二人のもとへ近付いていく。
「おい、どこに行ってたんだよ……って、え?」
レオの顔が曇る。視界に映った白い女は、思った以上にインパクトがあったようだ。
「お前、何やってんの?」
「へっ?」
あたしは思わず間抜けな声を出す。顔に懐中電灯の光を当てられてうわって顔を逸らす。夜の境内に現れた白い女の正体はあっという間にバレてしまったようだった。
何かを察したらしいレオが口を開く。
「お前、もうちょっと……いや、何でもない」
「ちょっと、少しは怖がりなさいよ。あたしが馬鹿みたいでしょ」
実際にもう馬鹿みたいなんだけど、それについては触れないというか認めたくない。
「まったくお前はしょうもな……え……?」
「しょうもないとか言わないでよ。こっちは一生懸命やってんのに。ちょっと、聞いてんの⁉」
固まったレオに逆ギレ気味に言うと、レオが口をパクパクさせながら何かを指さしている。
「なによ。後ろ?」
振り返ったあたしは、その場で固まった。わたしのすぐ後ろには、ぼんやりと白い着物を着た女性が俯いたまま立っていた。
だけど、その足首から先はなくて、明らかに浮いているように見えた。
血の気が引いていく。その顔は本当に真っ白で、顔が気になるのに絶対に見たくない。首筋には細かい血管が浮かんでいて、それが妙に生々しかった。
秋の夜が、さらにじっと冷えていく。
え? え? え? え?
まさか、「本家」が出てきちゃった?
「あ、あ、あ、あ、」
本物の幽霊が変な声を出しながらゆっくりと顔を上げていく。理由は分からないけど、本当的にその顔を見てはいけないのだと思った。
「きゃあああ!」
ミクちゃんの悲鳴で意識が現実に引き戻される。それと同時に、絶対に遭ったらアカン奴に出会ったことを理解した。
「うわああああ!」「ぎゃあああ!」
レオも、脅かす側だったはずのあたしも、絶叫を上げながら走って逃げる。腰が抜けかけたミクちゃんはレオに手を引かれて走っていった。
ミクちゃん、運動が苦手だったはずなのに火事場の馬鹿力でめっちゃ速くなってる。
呼吸を止めたまま、っていうか叫びながら参道を全力で逃げる。運動会でもこんなに思い切り走ったことはないかも。
ようやく境内から出ると、街明かりがはっきりと見えるところまでやって来た。多分ここまで逃げればセーフなんだろう。願望込みだけど。
膝に手を当てて、乱れまくった呼吸を整える。ガチで死ぬかと思った。
「なんだよ、あれは……!」
「分かんない。本物じゃない? 状況的に……」
お互いにぜえぜえ言いながら言葉を交わす。
いつも笑っているレオが本気でビビっていた。ミクちゃんも本来の能力を超えるスピードで走ったせいか、つらそうだった。
「わたし達、もしかして呪われちゃったりするのかな?」
「さすがにそれは理不尽じゃない? だって、別に怨まれるようなことはしてないじゃん」
「バチが当たるようなこともしてないよね?」
「うん、多分……多分だけど」
言いながら『神社で肝試しってもしかしたらアウトだったんだろうか』と考えがよぎったけど、頭を振ってごまかした。少なくとも境内に唾を吐くとか、本殿にイタズラをしたとかはやってない。
「いやあ、すげえもんを見ちまったな」
いち早く呼吸を整えたレオが、冷静さを取り戻している。
「本当に、予想外」
変装も解かずにここまで逃げてきたけど、特にツッコまれてはいない。それだけさっきのが衝撃体験だったってことだけど。
「いるんだね、本当に、霊……」
ミクちゃんも変な興奮状態みたいな顔になっている。ぜえぜえ言いながらも、見た目がいいと変顔でもかわいいから得だよなと思って見ていた。
「SNSで投稿したらバズりそうな気もするけど、ホラー映画でそういうことをやった奴って死ぬよな」
「うん、死ぬね」
そういうことをするキャラはわりと早い段階で見せしめみたいに殺される。幽霊にとってもSNSって馬鹿発見器なのかもしれない。それはそれとして――
「とにかく、みんな無事で良かったよ」
これ以上に言えることはなかった。
それに本物の幽霊(?)が出てきてくれたお陰で、おちゃらけキャラのレオも死ぬほどビビったはず。さっきからミクちゃんがコアラみたいにくっ付いているのに何も気にしていないようだった。
吊り橋効果、あったのかな……。
くっつく二人を見て、複雑な想いが沸いてくる。
でも、これでいいんだと思う。これが一番自然であるべき形なんだ、きっと。
結果として作戦はこれ以上ないくらいに上手くいったはずなのに、あたしの心は雲がかかったみたいになっていた。



