「体を作るためにムネ肉ばかり食べていた時期があって、それ以来モモが食べたくて仕方ないんだ」
「ああ、ムネ肉は工夫しないと美味しく食べられませんからね」
日奈子は皇牙と話しをしつつ、寿司と一緒に出てきた海鮮茶碗蒸しや、鯛の汁物を堪能する。
VIPフロアは凄いなぁと改めて思いながら、前座の試合を六人で観戦した。
最大の目的だった綾人の試合も無事に勝利で終わったが、今日は最後まで観ていくことにしていたので、すぐ帰らずに観戦を続ける。
「すみません、ちょっとお手洗いに……」
日奈子は皇牙達に声を掛け、一人でトイレに向かった。
ピンクのソファーやメイク専用ミラーがある綺麗な女子トイレで手を洗っていると、背の高い三十代くらいの女性がスーツケースを手に入ってくる。
洗練された印象の美人だったので、鏡越しについじっと見てしまった。
すると目が合い、「こんばんは、その服とても可愛いわね」と声を掛けられる。
今日は皇牙が新たに買ってくれたワンピースを着ていたので、見ず知らずの女性に褒められて嬉しくなった。
「ありがとうございます」
礼を言うと、女性は日奈子のことを頭の天辺から足先まで舐めるように見る。
赤く塗った唇をおもむろに開き、「小柄なのねー、可愛らしいわ」と微笑んだ。
自分が特に小柄という認識はなく、平均的だと思っていた日奈子だったが、彼女のように長身の女性からしたら小さく見えるのだろう。曖昧に「はぁ」と返事をすると、彼女は持っていたスーツケースを「見て」と言わんばかりに差しだしてくる。
「この中に入れちゃいそう」
「……え?」
「入れるわよね、膝を抱えて丸くなれば」
「え……や、無理ですよ……っ、そこまで小柄じゃないですから」
この女性は何を言っているんだろうと不思議に思っていると、突然ヘアスプレーの缶のような物を向けられる。
えっ──と身構えた瞬間プシューと音がして、薬品臭いミストを顔に掛けられた。
日奈子は自分に何が起きたのかわからず、それでも無意識に手で顔を庇っていたが、もう遅かった。
まずい、何かまずいことになっている──そう気づいた時には意識が朦朧として、迫ってきた女の手に抱きかかえられた。
