恐竜王の花嫁

 脂汗なのか冷や汗なのか区別がつかなかったが、エレベーターの一件で全身汗だくだった皇牙は、部屋に戻るなりシャワーを浴びた。
 湯が出るのを待たず、自分を罰するように冷水を頭から掛ける。
 日奈子の唇を奪ってしまったことを、悔やまずにはいられなかった。
 あれは口止め料といった作為的なものではなく、心の事故に近かった。
 日奈子を生餌として繋ぎ止めるためには、恋愛感情を挟まないほうがいい。
 惚れた腫れたになってしまうと、付き合うだの別れるだのという最悪な展開になりかねないのだから、あんなことは絶対にしてはならなかったのだ。
 ──日奈子が俺に惚れる分にはいい。それなら離れていくことはないんだから……まったく構わないし、むしろそういう方向で仕掛けていた。けど俺がそれに応えたら駄目だ。日奈子は他の女とは違う。最高の生餌として一生繋ぎ止めておきたいのに、何を馬鹿なことをやってるんだ!
 熱くなったシャワーを浴びながら、皇牙は髪を鷲づかみにして唸る。
 日奈子に閉所恐怖症のことを知られてしまったことは、情けないがそれほど大きな問題だとは思っていなかった。
 日奈子は決して誰にも洩らさない、わかっている。
 心の底から信じられる。
 それだけの信頼関係が確立していることも、日奈子が淡い恋心を自分に向けている様子なのも好都合なのに、パーフェクトな状況を自ら壊してしまった。
 あのキスはまずい。非常にまずくてなんの言い訳も立たない。
 純情な日奈子は、初めてのキスを奪われてどう思っただろう。
 ──脈ありだと……俺のほうにも気があると、思われたかもしれない。
 皇牙は針のように降り注ぐ湯を浴びながら、目を閉じてあの瞬間の自分の気持ちを辿った。
 思いだしたくない過去がフラッシュバックして、過呼吸を起こして具合が悪くなり、最悪の気分の中……日奈子の声に救われた。
 優しい眼差しと温かい手に包まれて、これまで感じたことのない安堵を覚えた。
 心乱れた自分とは裏腹に日奈子は冷静で、凭れ掛かることができるほど強い相手で、おかげで早く回復することができたのだ。
 ──神が俺のために使わせてくれた天使みたいに思ってたのに、さっきは違った。日奈子が女神のように大きく力強い存在に思えて、それでいて凄く可愛くて、柔らかそうな頬や唇に惹きつけられてしまった。
 そして我慢できなくなった。