暗闇でまた傷を負わなくて、本当によかった。
「日奈子……」
目の前で跪いていた彼が、少し身を起こす。
これ以上ないくらい顔が近づいた。
紫色を帯びた唇が至近距離にある。
キスをされるのだと、そう思った。
避ける理由などなくて、日奈子は動けなくなる。
唇にそっとキスをされた。
一瞬、時が止まる。
皇牙が顔を引いて、キスはすぐに終わった。
離れても、皇牙の唇の柔らかさを感じられる。
これは紛れもないキスだ。
人生で初めてのキス──。
「悪い……勝手に……」
顔を引いた皇牙が謝るので、日奈子はまたしても首を横に振った。
一瞬のキスだったのに心臓が大騒ぎをしている。「いえ……っ」としか言えなくて、こういう時にまともなことが言えない自分が情けなかった。
心の中では「いいんです、私は皇牙さんが好きだから」と言えるけれど……それを口に出すことはできない。であればせめて、「気にしませんから大丈夫です」とでも言って皇牙を楽にしてあげるべきなのに、上手く言葉にならない。
キスをされても、皇牙が自分を恋愛対象にしているなんてまったく思わなかった。
皇牙は今とても弱っている。
その一方で、他者にトラウマを語ることで心穏やかになった部分もある気がする。
つまり、今のキスは親愛のキスだ。
生餌としての信頼が深まっただけ。
決して勘違いしてはいけない──。
