皇牙からしてみれば、指先に唇を当てるのとそれほど変わらないのかもしれないが、日奈子にとっては違った。指へのキスより顔へのキスのほうが意味深で、甘やかで、絶対にしてはならない勘違いをしてしまいそうになる。
「今夜も血をもらいたい」
「……はい」
耳元で囁かれながら、日奈子は必死に皇牙との関係を再確認する。
自分はあくまでも生餌だ。生きた餌であり、皇牙とは主従関係に過ぎない。
わかっているのに、見つめられると心音が速くなる。
迫ってくる唇の行き着く先は首筋で、両手は彼に取られたままだ。
こんなに近くで肌に唇を当てられたら不埒な鼓動を知られてしまいそうで、今夜は少し怖い。
身のほどを弁えない図々しい女だと思われたくないから、心臓がおとなしくなってくれることを祈った。
「──ぁ……」
吸血が始まり、肌を強く吸われる。
あの薔薇のような内出血の痕が、再びつくのがわかる。
見るたびにこの瞬間を思いだしてしまうだろう。
見ないように気をつけないと苦しくなりそうだ。
──皇牙さんの髪……いい匂いがする。
こっそり彼の匂いを嗅いでいるうちに吸血が終わる。
名残惜しげに離れていく彼が、官能的な吐息を零した。
喉を押さえながら「旨い」と一言、愉悦を滲ませて微笑む。
今夜も月が綺麗で明るくて、皇牙をとびきり美しく照らしていた。
透き通るように輝くルビー色の虹彩と、艶めく肌や唇に釘付けになる。
あまり見ると想いを知られて危険だと思うのに、どうしたって目が離せない。
「日奈子……俺の全細胞が悦んでいる。お前の血を口にした時……俺はとんでもない全能感を覚える。空を飛ぶことも心を読むこともできないのに、なんでもできる気がするんだ。少し怖いくらいに、自信に満ちてしまう。どれだけ旨いか、どれだけ力になってるか、言葉では表現できない」
「お役に立てて、嬉しいです」
