恐竜王の花嫁


 氷の張られたプールに突き落とされたような、鋭い不安に襲われた。
 結衣花が竜王学園を訪ねてくるなんて、どう考えてもろくなことにならない。
 憂鬱な気持ちで校舎を出た日奈子は、学園の正門近くにある外来用カフェテリアに向かった。
 結衣花は奥のほうにあるテーブルに着いている。
 自動販売機が並んでいるカフェテリアに他の人の姿はなく、日奈子はますます嫌な予感を覚えた。
 結衣花は外面がいいので、周囲に誰かいたほうがましな会話になる気がする。
「お姉ちゃん久しぶり、ここの制服可愛いね」
 初っ端から刺々しい言い方をされた。
 心の声は聞こえないが、『似合ってないけど』と思っていそうな口調だ。
「久しぶり……」
「逃げられちゃたまんないから授業中に来たの、わざわざ早退して」
「……そう」
 日奈子は結衣花と目を合わせたくなくて、視線を床に落としながら椅子を引く。
 正面に座って「何か用?」と訊こうかと思った瞬間、先を越された。
「ねえ、いい加減うちに帰ってきてよ」
「……え?」
「皇牙様の生餌なんて美味しい仕事……やめろって言ったってやめないだろうけど、せめて家に帰ってきてよ。ここならうちからでも通えるでしょ」
 嫌だ、絶対に嫌だ──そう思っているのに口が回らない。
 家に帰ってこいという台詞は想定内だったにもかかわらず、実際に言われると酷く胃が軋んだ。
 当然断るけれど、言われただけで実家に帰ることをイメージしてしまい、不愉快でたまらない。
「ママが他人に家を任せるの、どーしても嫌だって言ってさ……デリバリーばっかり頼むし、たまに料理すると不味くて最悪だし、家の中は片付かなくてメッチャクチャ。パパもママも毎日イライラしてて口うるさくなったし、私まであれやれこれやれって言われて、とにかくすべてが最悪なの。全部お姉ちゃんのせいだよ!」
 話しているうちに怒りが増したのか、最後はヒートアップした声で怒鳴られた。
 共働きのうえ家事が苦手な母親のことを考えると、家の中の惨状は想像がつく。