風呂場からはゴボゴボと水の抜ける大きな音が立っている。
「あら、まだ入ってなかったの? お湯抜いちゃったわよ」
風呂上りの母の台詞はだいたい決まっていて、いつも湯を抜かれてしまう。
父は態度こそ冷たいが、こんな露骨な嫌がらせはしないので、三人目は父のほうがありがたいのだ。
「お風呂、洗っておいて」
「……はい」
母は当たり前のように掃除を命じ、廊下を去っていく。
その時、日奈子の頭に母の声が届いた。
『ほんと嫌な子』
口にはしない心の声が届き、ゴボゴボと鳴る湯の音と重なる。
日奈子はなんでも平均くらいの普通の人間で、もちろん竜人のような異能力者ではないのだが、なぜか人の心の声を聞く力を持っていた。
しかし性質の悪いことに、聞こえるのは強くネガティブな言葉だけだ。
幼い頃は誰にでも聞こえるものだと思っていて……母が放つ育児ストレスや夫への不平不満などを、そのまま言い当ててしまっていた。
おかげで母には心底嫌われ、何も言わない今でも気味悪がられている。
心の声だけではなく実際に口に出して、「自分の子供じゃなかったら大っ嫌い」と言われたこともあった。
──ほんと嫌な子……。
母の言葉を思い返しながらシャワーを浴びると、鼻の奥がつんとする。
濡れる髪と湯にまぎれて泣いた日々もあったが、今は泣かない。
ただ、時間が早く過ぎればいいと思った。
高校を卒業して家を出て、独りで暮らしたい。
多くは望まない。こんな自分が人並みに幸せになれるなんて思っていない。
けれどせめて、せめて……自分への悪意が聞こえない場所に行きたかった。
