恐竜王の花嫁


 高音質なスピーカーを通して、スタジアムに響き渡る。
 衣服は紙のように弾け飛んでいた。
 綾人の端正な顔は、内側から押し上げられる骨格によってすっかり変わっている。
 滑らかだった肌は瞬く間に硬質な鱗へと変色し、赤みのあった目は野性味を帯びた爬虫類の目へと形を変えた。
 わずか数秒、先ほどまでそこにいた美しい秘書の姿は消え、全長十二メートル超の肉食恐竜──ティラノサウルス・レックスが君臨する。
『グオオオォォォ──ッ!』
 二頭のティラノサウルス・レックスが変容を終え、重低音の咆哮を放つ。
 巨大な足が北の大地を踏み締めた瞬間、スタジアムは割れんばかりの歓声に揺れた。
 日奈子はポテトをつまんだまま動きを止め、呼吸すら忘れて画面を見入る。
 ビジョンの中の綾人は桜並木を背景に、天に向かってもう一度吠えた。
 当たり前だが人間ではない。人間に出せる声ではない。
 この上なく暴力的で、獰猛な咆哮だ。
「これが、エイペックス級……」
 日奈子の喉は一瞬で乾き、引き攣るように鳴る。
 怖い。けれど目が離せない。
 圧倒的な力と重量感への恐怖に襲われる。
 それでいて、強い生き物への畏怖のような感覚もあった。
 恐竜なんて、爬虫類なんて恰好いいとも可愛いとも思わずに生きてきたのに、今は違う。戦うティラノサウルス・レックスの雄々しさに、確かに心惹かれている。
「エイペックス級の場合、勝ち負けは片方が恐竜化を解いたら決まる」
「人間に戻ったほうが負け……ってことですか?」
「そうだ。もちろん致命傷を与えるのはルール違反で、それ以外なら基本的にどんな攻撃をしてもいい。恐竜としての勝負だけじゃなく異能力を使ってもいい。出血量やダメージに耐えられず、先に人間に戻ったほうが敗者になる」
「綾人さんを、応援します。勝ちますよね?」
「そう信じてる」