恐竜王の花嫁


 皇牙の「時間は大丈夫か?」という問いに対して、頭の中では「いえ、全然大丈夫じゃないです。家事があるので」と答えた日奈子だったが、口には出さない。
 未だにスマートフォンを見ておらず、帰りが遅くなっている理由を家族に伝えてもいなかった。
 帰りたくない現実を直視したくなかったから、鞄の中で何度もブルブルと振動していることをわかっていても、気づかない振りを続けている。
「時間、大丈夫です。私、ダイナ・リーグをちゃんと観たことがないんですけど……それでもよければ観てみたいです」
「ダイナ・リーグに興味がない層なのか。じゃあ俺のことも知らなかったのか?」
「いえ、さすがに皇牙さんのことは知っています」
 日奈子はそう言った瞬間、自分が「皇牙さん」とさん付けて呼んでしまったことに焦る。
 大スターの竜王院皇牙のことをなんと呼ぶかは人によるが、自分が呼ぶ場合は生餌四人衆に倣うべきだと思った。
「すみません、皇牙様とお呼びするべきでした」
「ああ、いや、さん付けで十分だ。日奈子は竜人社会で育ったわけじゃないんだし、今自然に出てきたその呼び方でいい。むしろ新鮮でいい」
「……いいんですか、本当に?」
「ああ」
「スタジアムに着くまで少し時間がある。質問があったらなんでも受けつけるぞ」
 訊きたいことがたくさんあった日奈子は、皇牙の言葉に感謝する。
「本当に? いろいろ訊いてもいいですか?」と、隣に座った彼に問い掛けた。
「もちろんだ、なんでも訊いてくれ」
「あの……私、今は高校三年生なんですが、実はその……卒業したら家を出たくて、独り暮らしをしたいと思っています。それで、あの……敷金礼金とか、最低限必要な家電とか、布団とか……必需品を揃えたいんです」
「なるほど、つまり報酬の話だな?」
「……っ、すみません」
 報酬のことを一番に訊くなんて、浅ましいと思われたかもしれない──そう思って順番を後悔し畏縮する日奈子に、皇牙は「謝らなくていい」と笑う。
「生餌は一つの職業だからな、報酬の話は大切なことだ」