恐竜王の花嫁

 月が綺麗な春の夜、桃井日奈子はキッチンで夕食の準備をしていた。
 日曜日の今夜は、ダイナ・リーグに一番人気のティラノサウルス・レックス竜人が出るとかで、両親と妹はテレビに齧りついている。
 人気ナンバー1のスター選手──竜王院皇牙(こうが)の推し活をしている妹に至っては、『皇牙様』と書かれたうちわやペンライトを手にしていた。
 キッチンからテレビはほとんど見えず、実況者の絶叫と地響きのような歓声だけが漏れ聞こえる。
 妹がキャーキャーと騒ぐ声も同じだ。
 日奈子は使い慣れた包丁で野菜を切り、いつも通り料理をする。
 鶏肉の生姜焼きと、長芋とニンジンの甘酢和え、タケノコと厚揚げの酒粕味噌汁を作って、四人分をテーブルまで運んだ。
「夕飯できたよ」
 ソファーでテレビを観ている三人に声を掛けると、「お姉ちゃんうるさい! 空気読んでよ!」と妹の結衣花に怒鳴られる。顔はテレビのほうを向いたまま、うちわを胸に突きつけられた。
「推しが戦ってるのに食べられるわけないでしょ」
「あ、うん……お父さん達は? どうする?」
「試合が終わってからに決まってるだろ」
「そうよ、ほんと気が利かない子ね」
 両親もまた、日奈子のほうを向くことはなかった。
 テレビの中では恐竜同士が戦っていたが、三人の頭で隠れてよく見えない。
 別段興味もなかったので、日奈子は「先に食べるね」と呟いて食事を摂った。
 熱々の生姜焼きや味噌汁を温かいうちに食べてほしかったけれど、そうはいかないようだ。
 たぶんあとで「温め直して」と言われるだろう。
 夕食のあとは風呂に入る予定だが、結衣花が「一番風呂じゃないと気持ち悪い」と言うので、結衣花と両親が入り終わるまで日奈子の順番は来ない。