恐竜王の花嫁


「グオオオォォ──ッ!!」
 豪華な帯を背負ったティラノサウルス・レックスの咆哮に、鼓膜が激しく揺れる。
 死神の鎌のような爪が畳を抉り、天井まで届く背中がメキメキと欄間を壊した。
 皇牙も恐竜に変容して、綾香と戦うのでは──と心配した日奈子だったが、皇牙は「日奈子、帰るぞ」と言い放つ。
「か、帰るんですか?」
「帰る。俺はあんな女のために恐竜化はしない。綾人、あとは任せたぞ」
「はい! お任せください皇牙様!」
 あくまでも相手にしないスタンスの皇牙の隣で、綾人がバサッと上着を脱ぐ。
 また途轍もない強風が起きて、今度は綾人に向かって空気が動いた。
 屋敷が壊れそうな、ティラノサウルス・レックス同士の戦いが始まるのだ。
 信じられない話だが、二人はこのまま室内で戦おうとしている。
「室内で戦うなんて、大丈夫なんでしょうか?」
「あとで庭に出るんじゃないか?」
 ダイナ・リーグとは無関係の非公式の戦い、雄と雌の戦い、兄妹の戦い──それはきっと、どちらかが死に至るようなものではないだろう。
 綾人は決して負けないと、日奈子は思った。
 これで負けてしまったら兄としての沽券にかかわるし、綾人は自分を許せなくなるだろう。
 この勝負、必ずや綾人が勝つ──そう思った。
「日奈子、屋敷が壊れる前に出るぞ」
「はい!」
 日奈子は皇牙に手を引かれながら、板の間の廊下を走っていく。
 笑止千万とばかりに皇牙が笑っていたので、日奈子も釣られて笑ってしまった。
 ずうん、ずうんと音がして、地震のように屋敷が揺れる。
 恐竜の咆哮や、何かが倒れる音も聞こえてくる。
 気にはなるものの、振り返らずに走った。
 慌ただしく靴を履いて外に出て、待たせてあったリムジンに滑り込む。