恐竜王の花嫁


「絶対嫌よ! 退学なんてみっともない真似この私ができると思うの!? だいたい私、一時帰国しただけで留学中の身なのよ! 学校推薦で留学してるのに、退学なんかになったら留学を続けられないじゃない!」
「綾香、すべてはお前の自業自得だ!」
「お兄様、嫌よ、こんなの酷いわ!」
 長い黒髪を振り乱して「嫌よ!」と叫ぶ綾香に、皇牙は冷たい視線を向ける。
 綾人の言う通り、「自業自得だ」と言わんばかりの表情だった。
「日奈子、お前からは?」
 綾香と同様に呆然としていた日奈子は、水を向けられて急いで気合を入れる。
 ごくりと喉を鳴らしてから、斜め前にいる綾香を見据えた。
「私、井戸の底で何時間も待っている間、貴女が警察に捕まった場合のことを考えていました。捕まればいいって、それが当然だって思う気持ちもありました」
「──っ、なんですって!?」
「でも……それじゃ綾人さんが気の毒だし、皇牙さんと綾人さんの関係がこれまでと違ったものになるのは嫌だと思いました。だから、もし警察が来ても、貴女の名前を出さないつもりでした。自分の不注意で落ちたことにしようって思ったんです。私、貴女を許してあげるって決めてたんです」
「──っ、許して、あげる……ですって?」
「はい。私は今とても幸せなので、大目に見てあげようって、そう思ったんです」
 日奈子が冷静に告げた言葉に、綾香は獣のように「うああぁぁぁ──っ!」と叫び、頭を抱えて立ち上がる。
 次の瞬間、空気が大きく動いたのがわかった。
 室内にもかかわらず風が起き、綾香の周りに集まっていく。
「……っ、え?」
 赤い振袖がミシミシと音を立て、小ぢんまりとした顔が一気に巨大化した。
 恐竜化だ。こんなところでT・レックスになる気なんだ──そう思った時にはもう、日奈子も反射的に立ち上がっていた。
「日奈子、下がれ」
 皇牙がさっと手を出してきて、日奈子を抱き寄せながら後ろに下がる。
 目の前にいたはずの美しい女子高生の姿は最早なく、端切れのようになった振袖が紙吹雪さながらに舞っていた。