冷や汗をかいて苦しい表情をしていたが、光の世界に近づくにつれよくなっている気がした。
『──殺してやる!』
もうすぐ井戸から出られるというタイミングで、突如心の声が届く。
皇牙の声だった。
これまで一度だってネガティブな強い念を放ってこなかった皇牙が、綾香に対する怒りを燃やしている。頭の中が殺意でいっぱいになっている。
──皇牙さん……!
穏やかだった皇牙の日常に、亀裂が入ったのを感じた。
自分のせいだと思うと、日奈子は息をするのも苦しくなる。
「日奈子さん! 怪我してませんか!?」
「日奈子ちゃん! 大丈夫っ!? 全身びしょ濡れじゃない!」
トラウマと闘ってくれた皇牙と共に、日奈子はようやく井戸の外に出た。
「……ハァ……ハ……ッ、皆さん……」
午後の光が眩しくて、暗い闇から完全に出たことを実感する。
また涙が出そうだったが、赤羽が貸してくれたハンカチで目頭を押さえた。
「早くお風呂に入らないと風邪引いちゃうよねっ」
「え、でも……日奈子ちゃんが着替える前に警察を呼んだほうがいいと思う」
青沼が言うと、皇牙がポケットを探ってスマートフォンを取りだす。
警察沙汰にする気なんだと思うや否や、日奈子は「待ってください」と皇牙の手に飛びついた。
「怪我もなかったし、早く救出してもらえたし、そこまでしなくても大丈夫です」
日奈子が考えているのは綾香のことではなく、彼女の兄である綾人のことだった。
実の妹が逮捕されてもしも前科者になったら、綾人はどれだけ苦しむだろうか。
皇牙との絆が壊れ、ぎくしゃくした関係になってしまうかもしれない。
「綾香に落とされたんだろう? こんな高さから落とされて、打ちどころが悪ければ大怪我をしていたかもしれない。命の危険だってあったはずだ」
「……でもっ、結局なんでもなかったので」
