恐竜王の花嫁


 やっと少し喋れるようになって、「駄目……来ちゃ駄目、駄目っ」と言えたけれど、その時にはもう縄梯子が下ろされ、皇牙が底に向かって下りてきていた。
 半円の蓋は両方外されていて、上から綾人やD4が心配そうに覗き込んでいる。
 皇牙の弱点を秘密にしなければならない日奈子は、別の意味で何も言えなくなった。
 心の中では「暗くて狭いから来ちゃ駄目です!」と叫んでいるけれど、口では何も言えなくて……皇牙が苦しまないことを願うばかりになってしまう。
 数メートル下りた辺りで、皇牙がぴたりと動きを止めた。
 彼は深淵を見て過去のトラウマを思いだしたのかもしれない。
 綾人やD4が「あと少し!」「もう少しですよ!」と声を掛けている。
 このまま皇牙が止まったままでいたら、おかしいと思われるかもしれない。
 日奈子はぎりぎり手の届く位置にある縄梯子をつかみ、自分の力で上ろうとした。
 途中で止まってしまった皇牙のところまで、どうにか自力で行きたかった。
 けれども日奈子には十分な筋力がなく、自分の背丈よりも高い位置まで体を上げることができない。ただぶら下がるばかりになってしまう。
「日奈子! 今行く! すぐ行くから待ってろ!」
「皇牙さん……っ」
 ほんの少し目を離した間に、皇牙の顔が汗だくになっていた。
 呼吸も浅く荒くなり、また過呼吸を起こすのではと心配になる。
 しかし皇牙はもう止まらず、縄梯子を一段一段、確実に下りてきた。
 ゆっくりではあったが井戸の底まで来て、日奈子をぐわりと抱きかかえる。
 抱き潰されるかと思うような力だった。片手なのに頼もしい力で抱いてくれる。
「皇牙さん……っ」
「日奈子、怪我してないか?」
「大丈夫です。皇牙さんは?」
「──っ、平気だ。お前がいるから」
 皇牙は綾香よりも強い力で日奈子を抱き上げ、梯子を上っていく。