しかし水底に両足がつき、溺死するような水位ではないことがわかった。
生きた心地がしない中で恐る恐る立ってみると、水の高さは日奈子の腰くらいまである。
「助けて……っ、ここから出して! 綾香さん!」
自分の声が、あとからついて来るかのように反響した。
「馴れ馴れしく名前を呼ばないでよ! こんなところ、誰も来ないわ! 誰も助けになんか来ない! 腐って骨になるまでそこにいなさい!」
綾香が井戸を覗き込んでいるのが見えたが、逆光で表情まではわからない。
それでもどんな顔をしているのか想像できた。
般若のような恐ろしい顔だ。
「分不相応な夢を見た貴女が悪いのよ! 身のほどを弁えずに高望みするからこんな目に遭うの!」
「やめて……っ、綾香さん!」
綾香が井戸に蓋をするのが見えて、日奈子は絶望に叫ぶ。
音からして、金属製の重い蓋のようだった。
まずは正円の半分が隠れ、残る半分もすぐに隠されてしまう。
半円と半円の隙間からわずかに光の線が見えるものの、井戸の底はほぼ闇だった。
どうしよう、どうしたらいい──パニックに陥った日奈子は、なんとかして上まで上がれないかと周囲を見回す。
けれどもあるのは水だけで、バシャリバシャリと水をかき分けても紐一つ見つからなかった。
「……ハ、ァ……どうしよう……っ」
日奈子は井戸の底で頭を抱えながら、皇牙のことを考えた。
冷静になるために、今皇牙がどこで何をしているかを想像する。
大学の授業が終わったら、彼は綾香に会って話をする予定でいた。
異変に気づいて、きっと……いや必ず助けにきてくれるはずだ。
それまでの辛抱だと思えば、この状況も耐えられなくはない。
──保健室の先生が、この学校には防犯カメラがあちこちにあるって言ってたし、昼休みだから目撃した人もたくさんいる。校舎から井戸まで、私が引きずられた跡が残ってるはずだし……私が帰らなかったら皇牙さんは絶対調べてくれる。放課後まで待てば大丈夫。たぶんあと三時間か四時間、そのくらい待てば助けがくる。
