母性本能が刺激されるのか、皇牙の頭を撫でたい衝動に駆られた。
もちろんそんなことはまだできないが、そのうち自然にできる気がしている。
結婚すると考えると、先は長いのだ。
一緒に人生を歩むうちに、いろんなことの距離が縮まっていくだろう。
キスさえも挨拶のように気軽にできるようになるかもしれないが、今こうして膝を貸してドキドキしていることを忘れたくないと思った。
「今日、登下校時に嫌な目に遭ったんじゃないか?」
「──あ、はい……どうしても心の声が聞こえてしまうので、多少は……」
「綾香にも何か言われたんだろう? 英会話うんぬんだけじゃなく、きついことを言われたんじゃないか? 綾人の前では言いにくかったんだろ?」
「ああ、えーっと、自分は皇牙さんの正式な婚約者だって言ってました」
「──ッ、婚約者?」
その言葉に皇牙はがばりと起き上がり、日奈子の膝は途端に淋しくなる。
皇牙はいやいやとばかりに首を横に振って、再び膝枕に頭を埋めた。
しかし表情は一変している。
リラックスした状態だったのが嘘のように眉間に皺を寄せ、酷く不機嫌そうな顔になっていた。
「大方うちの親が決めたんだと思う。俺の知らないところで勝手に決められた話だ、気にしなくていい」
「はい……」
「短期だが留学してるはずだし、綾香のことなんて考えてもいなかった」
皇牙は深い溜め息をつくと、日奈子に「嫌な思いをさせたな」と謝った。
綾香のことなんて──と言う皇牙の言葉には、綾香への親しみは感じられない。
竜王院家と九条家の家柄が釣り合うなら、二人は幼馴染だったりするのだろうかと考えた日奈子は、しかし何も訊かなかった。
婚約者になったばかりの身なのに、もう独占欲が芽生えている。
自分が知らない皇牙を綾香がたくさん知っているのは嫌だった。
「明日の放課後、綾香に会おうと思う」
「……綾香さんに?」
