恐竜王の花嫁


 食後はいつも通り二人が食器を下げてくれて、日奈子はそれらを受け取って次々と食洗器に入れていく。汚れ落ちを考えて内向きに食器を入れなければならないので、意外と気を遣う作業だった。
「部屋で待ってる」
 皇牙がそう言って去ったあと、日奈子は慌ただしく洗面室に向かう。
 万が一のことを考えて丁寧に歯を磨き、料理中にまとめていた髪を解いた。
 変に気合を入れると何か期待しているように見えてしまってよくないなと思ったが、最低限のことはしていきたい。
 髪を梳かしていると、綾香の姿が浮かんだ。
 皇牙はあれくらい長い髪が好きだったりするのだろうか。
 綾香の香水の匂いを嗅いで、いい匂いだなと思ったりするのだろうか。
 ちらちらと頭に浮かんで気になるが、一旦目を閉じて残像を消し去った。
 ないものねだりをしても仕方がない。髪はすぐには伸びないし、香水は自分の生活スタイルに合わない。英会話のように努力できるものは頑張るが、根幹にある自分は自分でしかないのだ。
 ──家庭的なところを気に入られたなら、それでいいじゃない。家事全般好きだし、それが私なんだから。皇牙さんが安心できる私でいい、そういう私がいい……だって一緒に暮らすうえで一番大事なことは安心だと思うから。恋心とか熱く燃えるような感じじゃないかもしれないけど、私は私のいいところを認めて生きていきたい。
 鏡の前で両拳を握り、ぐっと力を入れてみる。
 ときめいているのは自分だけかもしれないと思ったが、それでもよかった。
 皇牙は一般的な告白のステップを踏まずに、いきなり婚約を選択してくれたのだ。
 彼にとって自分は一時的な遊び相手ではなく結婚相手であり、そういうふうに見てもらえたのは何より光栄だと思った。
 それだけで一生胸を張って生きられそうだ。
 日奈子は自室を出てD4の部屋の前を歩き、皇牙の部屋に向かう。
 チャイムなどはないので扉を開けて、花が飾られたホワイエからノックした。
 すぐに居間に続く扉が開き、皇牙が「ようこそ」と迎えてくれる。
「お邪魔します」
 皇牙の顔を見ると、夜間に男性の部屋を訪れていることを実感した。
 アーバン・モダンな空間に、とてもよく似合う彼が眩しく見えて仕方ない。