それはそれで大事なことだと思うけれど、綾香ほど条件の揃った女性を前にして、「私のほうが婚約者に相応しい」なんてとても言えない。
「今から寮に帰るんでしょう? 皇牙様に、『婚約の件は辞退させてください』って、はっきり言うのよ。明日までに別れなかったら許さないんだから」
「許さない?」
「殺すわよ」
「……っ」
「私は本気よ」
低めの声で凄んできた綾香から、『殺してやる!』と心の声が聞こえてくる。
口で言っていることと思っていることが一致していて、ぞわりと恐ろしくなった。
けれども皇牙に「婚約の件は辞退させてください」なんて、絶対に言いたくない。
たとえ釣り合いが取れなくても、たとえ親に反対されても、結婚相手を決めるのは本人でなければならないはずだ。
人形じゃないのだから、子供でもないのだから、すべては本人が決めることだ。
皇牙が自分を選んでくれて、そして自分も彼が好きで……一緒に生きていきたいと思っている。ずっと一緒にいたいと思っている。もっと条件が合う人が現れたからといって、身を引くなんてできない。皇牙が「身を引け」と言わない限り、自分は彼の婚約者として傍にいたい。
「私、英語の勉強……というか、英会話の勉強、頑張ります」
「──はい? なんですって?」
「足りないものがたくさんあるけど、頑張ればなんとかなることは、なんとかします。私のこと、綾香さんが認めてくれなくてもいいです。他の誰に認めてもらえなくてもいい。私は、皇牙さんの判断について行きます」
日奈子は鞄にぐっと爪を立てながら、有りっ丈の根性を出して綾香を見据える。
貴女のほうが相応しいから身を引きますなんて、そんなことはやはりできない。
絶対にしてはならないと思った。そんなことをしたら、「お前の俺への想いはその程度だったのか……」と、皇牙にがっかりされてしまう。
まだ好きだと言ってもいないけれど、彼が好きだ。
