恐竜王の花嫁


 脛についていた血の筋が、ウェットティッシュに吸われていった。
 靴下まで行かなくてよかったと思っていると、皇牙が「危険だな……」と呟く。
 彼は日奈子の血を拭えるだけ拭い、「人間の血液は、俺のような肉食の竜人にとって非常に甘美な匂いがするんだ」と苦笑した。
「あ……はい、聞いたことがあります……というか、授業で習いました。人間の血を摂取することは、法律で禁じられている……とかですよね?」
「それが共存の絶対条件だから」
「竜人は竜人同士でのみ、血の取引をするルールだって、習いました」
 日奈子は竜人の生態について、自分が知っていることを思い返す。
 竜人は人間と同じ栄養素を必要とするが、肉食竜人は嗜好品として、他者の血液を欲するらしい。
 それによってパフォーマンスを上げられると聞いていた。
 特に好むのは人間の血だそうだが、法で禁じられているためそれを口にすることは決してなく、血液の提供は竜人同士でのみ行われる。
 つまり、皇牙のように戦いのためにパフォーマンスを上げる必要がある肉食竜人は、草食竜人に金銭を支払って血を吸わせてもらうのだ。
「──血を提供してくれる草食竜人のことを、生餌って、呼ぶんですよね?」
 夢だと思っているので遠慮なく訊いた日奈子に、皇牙は「ああ」と短く返す。
 その視線は赤く染まったウェットティッシュに向かっていて、日奈子本人を見てはいない。人間の血液にのみ興味があるという顔だった。
「はーい、僕達が皇牙様の生餌でーす」
 そう言って手を上げたのは赤羽で、並んで座っている他の三人が、うんうんと首を振る。
 なるほど、そういう関係の五人なのか……と納得した日奈子の隣で、皇牙はすんと軽く鼻を鳴らした。
 血の染みたウェットティシュに鼻先が当たりそうなほど迫り、すんすんと、今度はかなり露骨に匂いを嗅いでいる。
「皇牙様、ワンコみたいになってますよ」
「いくら人間の血がいい匂いだからって、嗅ぎ過ぎです」
 赤羽と青髪の彼がそう言うと、皇牙は「いや……」と呟いて顔を上げた。
 艶やかなほど長く濃い睫毛を羽ばたかせ、目を丸くしている。