恐竜王の花嫁


 彼女はつかつかと近づいてきて、帰ろうとしていた日奈子の周りを一周する。
 香水をつけているようで、彼女が動くとふわりといい香りがした。
 きつくはない程度の香り、とても洗練された女性の香りだと思った。
 それでいて若々しい印象も受ける。「それなんて香水なんですか?」と訊きたくなるほどいい匂いだった。日常的に料理をする日奈子には香水など不要品だが、これほどいい香りだと少し興味が湧く。
「私は九条綾香。皇牙様の正式な婚約者で、秘書を務める九条綾人の妹よ」
「──ぇ?」
 日奈子は鞄を手に突っ立ったまま、彼女の言葉を反芻した。
 綾人の妹という部分は理解できた。言われてみると少し似ている。
 ただ、「皇牙様の正式な婚約者」という部分はまったく理解できなかった。
 正式かどうかは別として、皇牙の婚約者は自分のはずだ。昨夜プロポーズされて、「はい」と答えた時からそうなった。楽しい祝賀会の記憶も新しく、婚約者になったからこそ今朝から針の筵に立たされている。
「私が留学している間に泥棒猫が現れて、皇牙様を誑かすなんて」
「……っ、泥棒猫? それ私のことですか?」
「そう、貴女のことよ日奈子さん。貴女つい先日までただの人間だったんですってね。生餌になれただけでは満足せず、皇牙様の隙を突いて婚約者に伸し上がろうなんて、図々しいにもほどがあるわ」
「や、待ってください。皇牙さんの隙ってなんですか? 私、そんなの突いた覚えはありませんし、いったいなんのことを言ってるのか……」
「家庭環境に決まってるでしょう? 皇牙様は御両親との関係がよくなくて、淋しい幼少期を過ごしてきたのよ。貴女みたいな一見ぽやっとした……よく言えば家庭的で、悪く言えば垢抜けない一般庶民の見本みたいな女の子に夢を見てるのよ。平凡なんて全然似合わない御方なのにっ」
 話しているうちに感情を昂らせた綾香は、日奈子の真正面に立って腕を組む。
 目力のある大きな黒い瞳で、ぎろりと睨み下ろしてきた。
 長身の美人なだけに、異様な凄みがある。