恐竜王の花嫁

 ふわふわと宙に浮かぶような気持ちのまま、日奈子はクルーザーを降りて竜ヶ島に上陸する。
 皇牙は選手用のジープに乗って先に発ち、日奈子は綾人と一緒に観戦者用ジープに乗り込んだ。
 クルーザーから見えていた綺麗な夕景は一変し、島の内懐は湿った土と、むせ返るような青臭い植物の匂いに満ちている。
 もう暗いのに街灯などは一つもない。
 ジープのヘッドライトが照らしだすのは、幾重にも絡まり合った巨大なシダ植物や、空を覆い尽くすほど枝を広げた古木だった。
 その隙間から時々生き物の鳴き声が聞こえてくる。
 鳥とも獣ともつかない原始的な鳴き声だった。
 如何にも恐竜がいそうな雰囲気があり、胸が高鳴る。
 長く続いた深緑のトンネルを抜けた瞬間、突如として視界が開けた。
 島の中心部に位置する広大な平原──そこには、原始の闇を切り裂くような強烈なサーチライトの束が天を突いている。
 無人島とは思えないほど広範囲がライトアップされ、カメラ機材や膨大な数の撮影ドローンが用意されていた。
 平原を見渡せる絶好のポジションに、特別席が鎮座している。
 今からあの席に座り、恐竜バトルを生で観るのだ。
 ジープを降りると、春の夜とは思えない熱気を感じた。
 少し離れたところに巨大な滝があり、水が岩を穿つ豪快な音が地鳴りのように響く。
 湿地帯からは熱を帯びた霧が這い上がって、これから始まるドリームマッチを盛り上げていた。
「あ、席に名前が書いてある」
 一列のみの特別席に向かうと、桃井日奈子様と書かれたテーブルと豪華なシートが用意されていて、その隣には九条綾人様と書いてある。
 日奈子は他の数人の観客の視線を浴びながら、ぺこりと会釈して座った。
 綾人と並んで座ってから隣を見ると、知っている顔がある。
 和服姿の竜王院玲華だった。夫と息子の対決を観にきたのだ。
「あ……こ、こんばんは」
「あら、着物が似合う可愛いお嬢さん。御機嫌よう」
 日奈子は先日誘拐されて着物に着替えさせられたことを思いだし、不快感を覚える。
 あれは竜王院皇一郎本人がやったわけではなく、仕えている女性の誰かがやったのだろうと思うようにしていたが、それでも不快な記憶だった。