無理だって思っていても、人は結局、期待する生き物なんだと思う。
あたしは、どこかで期待していた。
いつかアイドルになれるって。
応募してから月日は流れた。そろそろ結果が届くはず。それなのに、いつまでたってもメールは来ない。
応募したページを何回も開いた。
『合格者のみ次の審査の案内メールを送らせていただきます』
結果通知の期限はとっくに過ぎていた。スマホの電源を落とすと、画面が真っ暗になった。
…これで、終わり。
自分で決めたんだから仕方がないけど、どこか腑に落ちなかった。
胸が締め付けられるような感覚に襲われて、徐々に視界が歪んできた。
「こんなの、もういらないわ!」
滲んだ視線の先に映る大好きなアイドルのポスターを思いっきり剥がす。部屋に飾ってある推しの写真もアクリルスタンドも全部袋の中に入れた。
どうして…。どうしてあたしはアイドルになれないの…。
膝を抱えて顔を埋める。もう、全部どうでもいい。夢もなにもかも。こんな苦しい思いをするなら、最初から夢なんて持たなきゃ良かった。好きじゃなくなるくらいなら、アイドルなんて目指さなきゃ良かった。
ピンポーンと家のチャイムが鳴る。
誰だよ、こんなときに。あたしは心のなかで悪態をつきながら、家の扉を少しだけ開けた。
「澪ちゃん、大丈夫?大きい音、聞こえたけど」
「…ひより」
ひよりは隙間からあたしの姿を確認すると、ドアを思いっきり開けた。
「どうしたの!?」
「…とりあえず中に入って」
入れたくなかったけど、そろそろ親が帰って来る時間だった。この会話を聞かれたらまずいと思い、ひよりを自分の部屋に通した。
ひよりはいつもと様子が違うあたしの部屋を見て、目を見開いていた。
「澪ちゃん、グッズは?」
あたしは静かにドア付近に置いた袋を指さす。一つにまとめられた大きな袋の中身を、ひよりは確認した。
「…これ、どうするの?」
「捨てる」
「えっ、急にどうして」
「…もう、好きじゃないから」
「好きじゃないってなんで?あんなにグッズ大切にしてたのに…」
ひよりの言葉にまた涙が溢れそうになる。あたしだって、捨てたくて捨てるわけじゃない。思わず手に力が入った。
「…落ちた」
「え?」
「この前応募したオーディション、落ちた」
ひよりの大きな目が揺らいでいる。
「そんな…」
「だから宣言通り、諦めることにした。今まで応援してくれて、ありがとう」
精一杯の笑顔をひよりに向ける。
「…澪ちゃんは本当にそれでいいの?」
「いいもなにも、もう無理なんだよ…。あたしには」
「諦めないでよ!まだチャンスはあるって。また次、頑張ればいいじゃん」
まただ。またひよりはあたしを引き止める。
「いい加減にしてよ!」
あたしのなかでプツンと何かが切れる音がした。
「そうやっていつもいつも励ましてさ、楽しい?心のなかで本当は笑ってるんでしょ。こいつまたダメだったなって」
「そんなこと思ってない」
「思ってなくてもわかるよ!感じるの!」
ひよりは下を向いた。もう、引き返せなかった。
「…そっちこそ、何もわかってないじゃん」
ひよりがぼそっと呟いた。ゆっくりと顔をあげたひよりの目には、涙が浮かんでいた。
「私が、澪ちゃんのことを笑うわけないじゃん!こんなに必死に頑張ってる人のことを笑うわけない。むしろ、すごいと思ってる。なのに、なんでそんなこと言うの…」
「そういうのが、うざいんだって。期待されても結果を残せなくて。またダメだったねって慰められて。苦しいの」
「それでも!私は澪ちゃんがアイドルになる姿が見たい。大きなステージで輝いてる姿が見たい」
「…もう、やめてよ!あたしに期待しないで!」
鼻をすする音だけが部屋に響く。居心地の悪いこの空間から離れようと、ドアに近づいたとき、ひよりにぎゅっと手首を掴まれた。
「…逃げるの?」
ひよりはあたしの目を見つめた。その目はまるで、逃がさないとでも言っているようだった。
「私、幼なじみだからわかるよ。…澪ちゃん本当はアイドルのこと嫌いになってないよね。さっき袋の中を見たときに気づいた。もういらない、捨てるって言ってる割には、どれも傷ひとつなくて、綺麗だった」
ズキッとその言葉が胸に刺さる。
「私、反省したの。この前のこと。澪ちゃんは薄いメイクの方が合いそうとかこのオーディションでは清楚系が合うからって澪ちゃんの意見も聞かずに、勝手に進めてた。澪ちゃんのらしさを完全に奪ってた。ごめんなさい」
ひよりは深々と頭を下げた。
「私は澪ちゃんに諦めてほしくない。だからもう一回挑戦してよ」
「…どうして、やめさせてくれないの」
「え?」
「もう無理って言ってるじゃん。やめるのが、悪いことなの?逃げるのは、ダメなことなの?」
「そうじゃなくて、私はただ澪ちゃんが夢を叶える姿を見たいだけだよ」
「なにそれ…。自分に夢がないからって、あたしに全部重ねないでよ!」
あたしはひよりの手を思いっきり振り払い、そのままドアノブに手を掛けた。
「…じゃあさ」
ドアを開けようとしたとき、ひよりが静かに声をあげた。
「私が、応募していい…?」
あたしは振り向いて、ひよりを見る。
「何、言ってるの?」
「私さ、ずっと気になってたの。澪ちゃんってどうやって夢を持ったんだろうって。だって一緒に過ごしてきたのに、私は夢を持ってないし」
「だからって、何でアイドルなの」
「だって、気になるから。それ以外に理由ってなくない?」
ひよりの目はあたしとは違って、輝いていた。
「…勝手にすれば」
どうせ、そう簡単に受かるわけないんだから。
あたしは部屋を飛び出した。
もう、全部全部どうでもいいはずなのに。
なんでこんなに、胸が苦しいんだろう。
あたしは、どこかで期待していた。
いつかアイドルになれるって。
応募してから月日は流れた。そろそろ結果が届くはず。それなのに、いつまでたってもメールは来ない。
応募したページを何回も開いた。
『合格者のみ次の審査の案内メールを送らせていただきます』
結果通知の期限はとっくに過ぎていた。スマホの電源を落とすと、画面が真っ暗になった。
…これで、終わり。
自分で決めたんだから仕方がないけど、どこか腑に落ちなかった。
胸が締め付けられるような感覚に襲われて、徐々に視界が歪んできた。
「こんなの、もういらないわ!」
滲んだ視線の先に映る大好きなアイドルのポスターを思いっきり剥がす。部屋に飾ってある推しの写真もアクリルスタンドも全部袋の中に入れた。
どうして…。どうしてあたしはアイドルになれないの…。
膝を抱えて顔を埋める。もう、全部どうでもいい。夢もなにもかも。こんな苦しい思いをするなら、最初から夢なんて持たなきゃ良かった。好きじゃなくなるくらいなら、アイドルなんて目指さなきゃ良かった。
ピンポーンと家のチャイムが鳴る。
誰だよ、こんなときに。あたしは心のなかで悪態をつきながら、家の扉を少しだけ開けた。
「澪ちゃん、大丈夫?大きい音、聞こえたけど」
「…ひより」
ひよりは隙間からあたしの姿を確認すると、ドアを思いっきり開けた。
「どうしたの!?」
「…とりあえず中に入って」
入れたくなかったけど、そろそろ親が帰って来る時間だった。この会話を聞かれたらまずいと思い、ひよりを自分の部屋に通した。
ひよりはいつもと様子が違うあたしの部屋を見て、目を見開いていた。
「澪ちゃん、グッズは?」
あたしは静かにドア付近に置いた袋を指さす。一つにまとめられた大きな袋の中身を、ひよりは確認した。
「…これ、どうするの?」
「捨てる」
「えっ、急にどうして」
「…もう、好きじゃないから」
「好きじゃないってなんで?あんなにグッズ大切にしてたのに…」
ひよりの言葉にまた涙が溢れそうになる。あたしだって、捨てたくて捨てるわけじゃない。思わず手に力が入った。
「…落ちた」
「え?」
「この前応募したオーディション、落ちた」
ひよりの大きな目が揺らいでいる。
「そんな…」
「だから宣言通り、諦めることにした。今まで応援してくれて、ありがとう」
精一杯の笑顔をひよりに向ける。
「…澪ちゃんは本当にそれでいいの?」
「いいもなにも、もう無理なんだよ…。あたしには」
「諦めないでよ!まだチャンスはあるって。また次、頑張ればいいじゃん」
まただ。またひよりはあたしを引き止める。
「いい加減にしてよ!」
あたしのなかでプツンと何かが切れる音がした。
「そうやっていつもいつも励ましてさ、楽しい?心のなかで本当は笑ってるんでしょ。こいつまたダメだったなって」
「そんなこと思ってない」
「思ってなくてもわかるよ!感じるの!」
ひよりは下を向いた。もう、引き返せなかった。
「…そっちこそ、何もわかってないじゃん」
ひよりがぼそっと呟いた。ゆっくりと顔をあげたひよりの目には、涙が浮かんでいた。
「私が、澪ちゃんのことを笑うわけないじゃん!こんなに必死に頑張ってる人のことを笑うわけない。むしろ、すごいと思ってる。なのに、なんでそんなこと言うの…」
「そういうのが、うざいんだって。期待されても結果を残せなくて。またダメだったねって慰められて。苦しいの」
「それでも!私は澪ちゃんがアイドルになる姿が見たい。大きなステージで輝いてる姿が見たい」
「…もう、やめてよ!あたしに期待しないで!」
鼻をすする音だけが部屋に響く。居心地の悪いこの空間から離れようと、ドアに近づいたとき、ひよりにぎゅっと手首を掴まれた。
「…逃げるの?」
ひよりはあたしの目を見つめた。その目はまるで、逃がさないとでも言っているようだった。
「私、幼なじみだからわかるよ。…澪ちゃん本当はアイドルのこと嫌いになってないよね。さっき袋の中を見たときに気づいた。もういらない、捨てるって言ってる割には、どれも傷ひとつなくて、綺麗だった」
ズキッとその言葉が胸に刺さる。
「私、反省したの。この前のこと。澪ちゃんは薄いメイクの方が合いそうとかこのオーディションでは清楚系が合うからって澪ちゃんの意見も聞かずに、勝手に進めてた。澪ちゃんのらしさを完全に奪ってた。ごめんなさい」
ひよりは深々と頭を下げた。
「私は澪ちゃんに諦めてほしくない。だからもう一回挑戦してよ」
「…どうして、やめさせてくれないの」
「え?」
「もう無理って言ってるじゃん。やめるのが、悪いことなの?逃げるのは、ダメなことなの?」
「そうじゃなくて、私はただ澪ちゃんが夢を叶える姿を見たいだけだよ」
「なにそれ…。自分に夢がないからって、あたしに全部重ねないでよ!」
あたしはひよりの手を思いっきり振り払い、そのままドアノブに手を掛けた。
「…じゃあさ」
ドアを開けようとしたとき、ひよりが静かに声をあげた。
「私が、応募していい…?」
あたしは振り向いて、ひよりを見る。
「何、言ってるの?」
「私さ、ずっと気になってたの。澪ちゃんってどうやって夢を持ったんだろうって。だって一緒に過ごしてきたのに、私は夢を持ってないし」
「だからって、何でアイドルなの」
「だって、気になるから。それ以外に理由ってなくない?」
ひよりの目はあたしとは違って、輝いていた。
「…勝手にすれば」
どうせ、そう簡単に受かるわけないんだから。
あたしは部屋を飛び出した。
もう、全部全部どうでもいいはずなのに。
なんでこんなに、胸が苦しいんだろう。


