賑やかな住宅街から少し離れたところにあるあたしたちの家。
「ちょっと待ってて」
先に家の中に入っていったひよりは、メイクポーチを抱えてすぐに出てきた。
「着替えてきても良かったのに」
「いいの!早く行こ!」
隣の家なんだからそんなに急ぐ必要ないのに。
鼻歌を歌うひよりを横目に見ながら、あたしは玄関の扉を開けた。
家に入ると、ひよりは迷うことなくあたしの部屋の扉を開ける。
「澪ちゃん、そこに座って」
まるでこの部屋の主のように、ひよりはあたしに指示を出した。言われるがまま、適当に鞄を置いて、ひよりと向かい合うようにして座る。
「じゃあ早速始めるよ~。まず澪ちゃんは髪は綺麗だし、センター分けだからお顔もちゃんと見えてるし…。うん、可愛いよ。言うことなし」
まじまじとあたしの顔を見つめると、ひよりはそう言いきった。
「いや、メイクするんじゃないの?」
あたしは丸いテーブルの上に置かれた今にも溢れだしそうなメイクポーチを見る。本当に破けそうなほどパンパンだ。
「するよ。…するけど、澪ちゃんは濃いメイクじゃなくて、薄いメイクの方が合う気がするなって思って」
ひよりはうーんとあたしの顔を見ながら、首を傾げる。
あたしは正直濃いメイクの方が好きだ。そっちの方が舐められないし、かっこいいから。
それでも、必死に考えてくれているひよりには何も言えなかった。
「澪ちゃんはさ、私服もヒョウ柄とか多いしカッコいい系じゃん?その路線もいいけどさ、今回の募集要項を見る限り、求められてるのは清楚系なんだよね」
ひよりはあたしが買った雑誌をいつの間にか袋から出して読んでいた。
「このモデルさんみたいにしよう!」
ペラペラとめくり、見つけたモデルをあたしに見せてくる。
「よし!じゃあやるよ~」
否定する間もなく、ひよりはあたしにメイクを施した。
「…できた」
鏡を受け取り、映った顔を見る。
「誰これ…」
そこには、見たことない自分の顔が映っていた。
「澪ちゃんだよ!よしっ、これで写真撮ろう」
そう言われ、促されるまま写真を撮られた。
「これ、応募写真にして!」
「…うん」
「次は歌とダンスだけど…」
ひよりはそう言って止まる。どうしたのかとひよりの方を見ると、ひよりは優しく微笑んでいた。
「いつも歌ってる声聞こえるし、ダンスしてる音も聞こえてくるし、充分澪ちゃん頑張ってるもんね」
「えっ!聞こえてた?」
「うん、バッチリ」
頬に熱が集まるのを感じる。ひよりと目を合わせられない。
「…恥ずかし」
「ふふ。澪ちゃんって意外に照れ屋だよね」
「いや、普通に恥ずかしいでしょ。下手くそだし」
「全然!私は下手だとは思わなかったよ。もっと自信持ちなよ~」
自信なんて持てるはずがない。あたしは自分の歌とダンスを誰かに見てもらって、ちゃんと評価してもらったことがないから。
黙り込んだあたしに、ひよりは一つため息をついた。
「澪ちゃんの悪いところだよ、それ」
「どこがよ」
「そうやって自信がないところ。恥ずかしがるところだよ」
なにそれ。あたしがどんな思いでやってきたかも知らないくせに。
「…夢がないひよりにはわかんないでしょ。あたしの気持ちなんか」
部屋がシーンとなる。顔をあげると、ひよりは少しだけ切なそうな顔をしていた。
「ごめん、言いすぎた…」
「私には澪ちゃんの気持ちがわかんないよ」
被せるようにひよりは声をあげた。
「なんで夢があるのに、それを恥ずかしがるの?隠そうとするの?キャラじゃないから?なれてないのに言うのはカッコ悪いから?そんなことあるわけないじゃん!」
こんなに声をあげたひよりは初めて見た。いつもはほんわかしてて、自分の意見を言わずに他人の意見を尊重するタイプなのに。
「夢を持てるって、当たり前のことじゃないんだよ?どれだけ探しても見つからない人もいる。澪ちゃんは恵まれてるよ。私は、澪ちゃんのことが羨ましい」
「…でも、あたしがアイドルなんてやっぱりバカにされるだけだって」
「そしたら、私に教えてよ!私が、そいつに澪ちゃんの魅力、語り尽くしてやるんだから!」
「なにそれ、やめてよ。恥ずかしい」
「ほらまた!そもそもさ、澪ちゃんは誰かにバカにされたくらいで、その夢諦められるの?そのくらいの覚悟だったんだ」
ひよりの言葉にイラッとする。
「そんなわけないでしょ!…やってやるよ。絶対にアイドルになってみせるから!」
あたしの言葉をきいて、ひよりは少しだけ口角を上げた。
「じゃあほら早く!応募フォーム、入力しな~」
ひよりに見守られながら、空欄を埋めていく。
「自己PR…」
いつもこの欄で手が止まる。何て書けばいいのかわからない。あたしにはアピールできることなんて、何一つない。
指が進まなくて、スマホを持ったままぼーっとしていると、ひよりに声をかけられた。
「澪ちゃん、貸して」
ひよりはあたしからスマホを受け取ると、スラスラと文字を打ち込んだ。
「はいっ!」
渡されたスマホの画面を確認すると、自己PRの欄に文字が書かれていた。
『私の自己PRポイントは、負けず嫌いなところです。ダンスも歌も最初は苦手でしたが、できるようになるまで何度も練習しました。私はアイドルになって、たくさんの人を笑顔にしたいです。それまで絶対に諦めません』
「…絶対に諦めないは言いすぎじゃない?」
「なんで~?澪ちゃんなら言いそうじゃん」
「いや、言わないから」
「じゃあこれから言っていこ!」
「えー」
「ほら、早く応募しな~」
ひよりに急かされ、あたしは文章を書き直さずに応募ボタンを押した。
あたしが応募したのを確認すると、ひよりは満足げに帰っていった。
*
ひよりが帰った後、あたしは鞄の中から進路の紙を取り出した。ぐしゃぐしゃの紙を広げると、ひよりの字が書いてある。
こんなの、絶対にバレるから。
あたしは、ひよりの書いた可愛らしい字を消しゴムで消した。消しカスを払って、ボールペンを持つ。
『希望する進路は何ですか?』
その下の空欄を前に、ボールペンを持つ手が止まった。
胸がドキドキしている。たったの四文字。それでも書くまで時間がかかった。
『アイドル』
書き終わると、ほっと全身の力が抜けた。いびつで太い四文字。ひよりが書いたものとはまるで違う。
でも、なんだか誇らしかった。あたしはぐしゃぐしゃになった紙を何度も手で伸ばして、折り目がつかないように細心の注意を払いながらクリアファイルの中にしまった。
「ちょっと待ってて」
先に家の中に入っていったひよりは、メイクポーチを抱えてすぐに出てきた。
「着替えてきても良かったのに」
「いいの!早く行こ!」
隣の家なんだからそんなに急ぐ必要ないのに。
鼻歌を歌うひよりを横目に見ながら、あたしは玄関の扉を開けた。
家に入ると、ひよりは迷うことなくあたしの部屋の扉を開ける。
「澪ちゃん、そこに座って」
まるでこの部屋の主のように、ひよりはあたしに指示を出した。言われるがまま、適当に鞄を置いて、ひよりと向かい合うようにして座る。
「じゃあ早速始めるよ~。まず澪ちゃんは髪は綺麗だし、センター分けだからお顔もちゃんと見えてるし…。うん、可愛いよ。言うことなし」
まじまじとあたしの顔を見つめると、ひよりはそう言いきった。
「いや、メイクするんじゃないの?」
あたしは丸いテーブルの上に置かれた今にも溢れだしそうなメイクポーチを見る。本当に破けそうなほどパンパンだ。
「するよ。…するけど、澪ちゃんは濃いメイクじゃなくて、薄いメイクの方が合う気がするなって思って」
ひよりはうーんとあたしの顔を見ながら、首を傾げる。
あたしは正直濃いメイクの方が好きだ。そっちの方が舐められないし、かっこいいから。
それでも、必死に考えてくれているひよりには何も言えなかった。
「澪ちゃんはさ、私服もヒョウ柄とか多いしカッコいい系じゃん?その路線もいいけどさ、今回の募集要項を見る限り、求められてるのは清楚系なんだよね」
ひよりはあたしが買った雑誌をいつの間にか袋から出して読んでいた。
「このモデルさんみたいにしよう!」
ペラペラとめくり、見つけたモデルをあたしに見せてくる。
「よし!じゃあやるよ~」
否定する間もなく、ひよりはあたしにメイクを施した。
「…できた」
鏡を受け取り、映った顔を見る。
「誰これ…」
そこには、見たことない自分の顔が映っていた。
「澪ちゃんだよ!よしっ、これで写真撮ろう」
そう言われ、促されるまま写真を撮られた。
「これ、応募写真にして!」
「…うん」
「次は歌とダンスだけど…」
ひよりはそう言って止まる。どうしたのかとひよりの方を見ると、ひよりは優しく微笑んでいた。
「いつも歌ってる声聞こえるし、ダンスしてる音も聞こえてくるし、充分澪ちゃん頑張ってるもんね」
「えっ!聞こえてた?」
「うん、バッチリ」
頬に熱が集まるのを感じる。ひよりと目を合わせられない。
「…恥ずかし」
「ふふ。澪ちゃんって意外に照れ屋だよね」
「いや、普通に恥ずかしいでしょ。下手くそだし」
「全然!私は下手だとは思わなかったよ。もっと自信持ちなよ~」
自信なんて持てるはずがない。あたしは自分の歌とダンスを誰かに見てもらって、ちゃんと評価してもらったことがないから。
黙り込んだあたしに、ひよりは一つため息をついた。
「澪ちゃんの悪いところだよ、それ」
「どこがよ」
「そうやって自信がないところ。恥ずかしがるところだよ」
なにそれ。あたしがどんな思いでやってきたかも知らないくせに。
「…夢がないひよりにはわかんないでしょ。あたしの気持ちなんか」
部屋がシーンとなる。顔をあげると、ひよりは少しだけ切なそうな顔をしていた。
「ごめん、言いすぎた…」
「私には澪ちゃんの気持ちがわかんないよ」
被せるようにひよりは声をあげた。
「なんで夢があるのに、それを恥ずかしがるの?隠そうとするの?キャラじゃないから?なれてないのに言うのはカッコ悪いから?そんなことあるわけないじゃん!」
こんなに声をあげたひよりは初めて見た。いつもはほんわかしてて、自分の意見を言わずに他人の意見を尊重するタイプなのに。
「夢を持てるって、当たり前のことじゃないんだよ?どれだけ探しても見つからない人もいる。澪ちゃんは恵まれてるよ。私は、澪ちゃんのことが羨ましい」
「…でも、あたしがアイドルなんてやっぱりバカにされるだけだって」
「そしたら、私に教えてよ!私が、そいつに澪ちゃんの魅力、語り尽くしてやるんだから!」
「なにそれ、やめてよ。恥ずかしい」
「ほらまた!そもそもさ、澪ちゃんは誰かにバカにされたくらいで、その夢諦められるの?そのくらいの覚悟だったんだ」
ひよりの言葉にイラッとする。
「そんなわけないでしょ!…やってやるよ。絶対にアイドルになってみせるから!」
あたしの言葉をきいて、ひよりは少しだけ口角を上げた。
「じゃあほら早く!応募フォーム、入力しな~」
ひよりに見守られながら、空欄を埋めていく。
「自己PR…」
いつもこの欄で手が止まる。何て書けばいいのかわからない。あたしにはアピールできることなんて、何一つない。
指が進まなくて、スマホを持ったままぼーっとしていると、ひよりに声をかけられた。
「澪ちゃん、貸して」
ひよりはあたしからスマホを受け取ると、スラスラと文字を打ち込んだ。
「はいっ!」
渡されたスマホの画面を確認すると、自己PRの欄に文字が書かれていた。
『私の自己PRポイントは、負けず嫌いなところです。ダンスも歌も最初は苦手でしたが、できるようになるまで何度も練習しました。私はアイドルになって、たくさんの人を笑顔にしたいです。それまで絶対に諦めません』
「…絶対に諦めないは言いすぎじゃない?」
「なんで~?澪ちゃんなら言いそうじゃん」
「いや、言わないから」
「じゃあこれから言っていこ!」
「えー」
「ほら、早く応募しな~」
ひよりに急かされ、あたしは文章を書き直さずに応募ボタンを押した。
あたしが応募したのを確認すると、ひよりは満足げに帰っていった。
*
ひよりが帰った後、あたしは鞄の中から進路の紙を取り出した。ぐしゃぐしゃの紙を広げると、ひよりの字が書いてある。
こんなの、絶対にバレるから。
あたしは、ひよりの書いた可愛らしい字を消しゴムで消した。消しカスを払って、ボールペンを持つ。
『希望する進路は何ですか?』
その下の空欄を前に、ボールペンを持つ手が止まった。
胸がドキドキしている。たったの四文字。それでも書くまで時間がかかった。
『アイドル』
書き終わると、ほっと全身の力が抜けた。いびつで太い四文字。ひよりが書いたものとはまるで違う。
でも、なんだか誇らしかった。あたしはぐしゃぐしゃになった紙を何度も手で伸ばして、折り目がつかないように細心の注意を払いながらクリアファイルの中にしまった。


