あいつが熊に殺された

 十二月に入って、時折、雪がちらつくようにもなった。コートを着込み、白い息を吐きながら、みんな頑張って登校している。
 最近は空気どころか、気持ちまで張り詰めて、私は毎日落ち着かない。何をしなければならない、というわけではないけれど、十二月という月は、どうも人を焦らせるのだ。今年のうちに何かに区切りをつけて、年が明けたら、心機一転しないといけないような気がしてしまう。
 そんな思いから、熊野が死んで四ヶ月になろうという今になって、私は彼の墓参りに行くことを考え始めていた。
 お葬式にこそ呼ばなかったけれど、熊野の両親は、クラスメイトがお墓を訪れることは歓迎していて、場所も教えてくれていた。月命日に、必ずお墓参りに行っているクラスメイトもいるようだ。
 私は、これまではそんな気になれなくて、一度も行ったことがなかった。でも、今年のうちに向き合っておきたくて、心を決めた。
 こういうのは早い方がいいと思って、私は早速、今日の放課後に行くことにする。何だか、熊野に呼ばれたような気もしたのだ。
 お墓参りのお作法が全然分からなくて、とりあえず近所のスーパーで、仏花と、あいつがよく食べていたお菓子を買っていく。
 しかし、あまりお墓という場所に慣れていない私は、墓地に入った途端に緊張してしまった。熊野の墓はどれだろう。月命日でも何でもない日に来たのは、間違いだったかもしれない。ふらふらと墓石の間をさまよう私は、まるで不審者で、自分から来たくせに、逃げ出してしまいたくなる。
 落ち着きなく、きょろきょろと辺りを見回しながらうろついていると、思わぬ人物が視界に飛び込んできた。クラスメイトの哲也である。向こうも私を見つけて、驚いたような顔をする。彼も花を携えていた。
 哲也も私と同じで、それほど熊野と仲が良いわけではなかったはずだ。大人しい方だし、同じクラスにいなければ、きっと二人は交わることのないタイプの人間だった。
 そんな彼が、何ら特別でもないこの日に、花を持って熊野の墓を訪れている。どうして?
 私たちはしばし、見つめ合って固まってしまった。
「お墓参り?」
 やがて、哲也の方から話しかけてくる。
「うん……。哲也も?」
「うん。割と、よく来てるんだ。君も?」
「ううん、私は今日が初めて」
 どちらともなく、私たちは歩き始める。
「君さ、最近、大人しくなったよね」
 沈黙が気になるのか、哲也は教室にいるときよりもよくしゃべった。
「そうかな」
「前はよく、馬鹿笑いしてたじゃん」
「まあ、笑わせる人が減ったからね」
「……そうだね」
 そこで、会話が終わりそうになった。でも、冗談を言う熊野の姿が頭に浮かんだ瞬間、なぜだか私は、居ても立っても居られなくなった。言葉が私の口を突いて出る。
「私、寂しいんだ。あいつの笑い声が聞こえないのが、寂しい。みんながあいつのことを話題にしなくなるのが寂しい。忘れられちゃったら、可哀想だって思って」
 自分の発言に、自分自身が驚いた。涙が滲んでくるものだから、なおさら驚いた。
 ――そうか。私、寂しかったんだ。
 向き合ってこなかった気持ちに呑み込まれてしまって、足が動かなくなる。その上、予期せぬ嗚咽まで漏れてしまう。
 哲也も立ち止まった。何も言わずに、ただ、側にいてくれた。
 私が泣き止むと、哲也はわたしを熊野の墓に案内してくれた。二人で花とお菓子を供えて、瞳を閉じ、手を合わせる。すると、少しだけ、心が軽くなったような気がした。
「ばあちゃんが言ってたんだけどさ。亡くなった人のことが話題にならなくなったら、その人はもう、生まれ変わってるんだって」
 哲也が私の顔を見る。
「熊野、今ごろ、次の人生を始めてるんじゃない?」
「……そうかも」
「今度こそ、お笑い芸人になれるといいよね」
「……うん」
 本当に生まれ変わっていたら、赤ん坊のうちから、親を笑わせているかもしれない。変顔とか、とんでもない悪戯をしたりして。想像したら、何だか笑えてきた。哲也も笑った。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
 今度は私が切り出す。
「何?」
「たまに、一緒に熊野の思い出話をしてくれる?」
「うん、もちろん」
 哲也は、しっかりと頷いてくれた。


 同級生の突然の死に、どう向き合うのがベストなのか、私に正解は分からない。
 みんなの反応は様々だ。何が良いとか悪いとか、そういうのはないように思う。
 ただ、一つだけ分かったことがあった。

 ――熊野の存在が、みんなにとって、大きかったということ。

 好きとか嫌いとかは関係なく、ただただ、大きかった。命はどうしようもなく重くて、尊いのだ。
 理子は今も、学校に来たり来なかったりしながら、スクールカウンセラーの所に通っている。
 烏山は、熊野のことを考える余裕もないくらい、受験勉強に忙しくしている。
 愛美は相変わらず学校には来なくて、進路希望調査には、「就職」と書いて担任に渡したらしい。
 私は、自分の進路をどうしようか、未だに悩み続けている。
 でも、決めきれないことに、罪悪感を覚えることはなくなった。哲也と話したおかげで、熊野は決して、止まった時間の中に取り残されているわけではないように思えたから。
 時々、あいつから元気をもらおうと思うのだ。「新しい人生、楽しくやってる?」なんて、話しかけながら。

 私たちはこれからも、熊野の死を胸に抱いて、共に生きていく。