十一月になると、ぐっと空気が冷たくなった。ちらほらと、手袋やマフラーを身につける生徒も出てくる。朝、家を出るのがギリギリになった私は、どちらも置いてきてしまったから、帰りに昇降口から出るときになって、寒くて後悔した。少しでも体を温めようと、早足で歩く。
今日は図書室には行かなかった。愛美の家に行くからだ。彼女とは中学生から同じで、近所に住んでいる。
愛美は、二学期になってからほとんど学校に来ていなかった。だから、彼女と親しい私が、週に一度は家を訪ねて、学校でもらったプリントなんかを届けている。
愛美は熊野と仲が良い方だったから、あいつが死んだショックを引きずって、今も塞ぎ込んでいるのだった。
熊野が死んだ後、一時的に学校に来られなくなる子は他にもいた。それでも、時間が経つにつれて徐々に回復し、一ヶ月もすると、みんな来るようになった。
愛美一人だけが例外で、回復できずに長引いている。学校側も気にかけているが、スクールカウンセラーとの面談には応じず、医療機関にも行っていないらしい。担任の先生も度々訪れるというが、会えないことが多いそうだ。
それでも、私とは会ってくれる。恐らく、私が熊野の話をしないようにしているから、安心してくれているのだろう。
今日も、私が家を訪ねると、愛美は普段と変わらない様子で、私を両親の留守宅に入れてくれた。
こうして訪ねる度、愛美とは、しばし一緒に勉強をして過ごす。昔から、お互いの家を訪ね合う仲だから、当たり前のようにできた習慣だ。ただ、最近は、勉強はせずに、ただおしゃべりをして終わってしまうことも多い。愛美が、学校の勉強についてこられなくなってきているからである。
以前は、私よりも成績が良い彼女だった。でも、学校を休むようになってからは、自分でもほとんど勉強していない様子である。一学期の復習をしているころはまだ良かったけれど、今は学校の授業も、随分と先に進んでしまったから、愛美はちんぷんかんぷんになっている様子だった。私がとやかく言うことではないのだが、このままで大丈夫なのかと、心配はしている。
愛美は私を部屋に入れて、お茶を出してくれた。それから、私から受け取ったプリントのファイルの中身を確かめて、肩を落とした。
「進路希望調査票……」
出てきたプリントを見て、愛美はあからさまに顔を曇らせる。就職か進学かを決めて、担任に提出しなければいけないものだ。これを元に、後で面談が行われる。進学となれば、どこを目指すのか、どのように対策をしていくのかを、担任と話し合うことになる。将来を決めきれない私にとっても、気が重いプリントだった。
夏休みまでの愛美は、大学に行って、将来はバリキャリになりたいなんて言っていたけれど、今はどうなのだろう。
余計なお世話だとは思いつつも、友達として少しは踏み込んだ方がいい気がして、私は口を開く。
「愛美、いつまでもこうしてはいられないよ。大学に行きたいなら、独学でも、勉強はしなきゃ」
すると、思わぬ返事が返ってきた。
「……あたし、もう、大学に行くつもりはないんだ」
「え? じゃあ、どうするの?」
「狩猟免許取って、猟師になる」
あまりにも予想外の答えに、私は言葉を失う。冗談だろう、と思ったけれど、愛美の顔は真剣だ。
「猟師になって、熊退治するの。……笑っていいよ」
そんなことを言われたって、笑える雰囲気じゃない。私が何も言えずにいると、愛美が、押し殺すような声で言った。
「あたし、あいつが……敬吾が、好きだった。夏祭りのとき、告白しようと思ってたけど、勇気が出なくて、できなかった。今、そのことをものすごく後悔してるんだ。だって、今からじゃ、どんなに勇気を出しても、もう伝えられないんだもん……」
愛美が両手に顔を埋めて泣き出す。仲が良い二人だとは思っていたけれど、そこまで彼女が思い入れていたなんて、全然気付かなかった。
「だからね、復讐してやるの。狩猟免許取って、熊を撃って。もう学校には行かない。狩猟免許って、学歴関係ないもん」
「でもさ……」
私は、愛美を止めなければいけない気がした。熊野を想う気持ちは大切なものだし、否定する気もないけれど、死んだ人のために将来の選択肢を狭めてしまうのは、何か違うと思ったのだ。それに、猟師なんて、きっとそれだけで食べていける仕事ではない。優しい愛美が、本当に動物を撃てるとも思えなかった。
しかし、不意に向けられた愛美の鋭い眼差しを前に、私はその後の言葉を続けることができなかった。
「あんたには分かんないよ。だから、口出ししないで。もう、帰って」
私はどうすることもできず、追い立てられるように愛美の家を出る。バタンと勢い良く閉められたドアの音が、いつまでも耳に残った。
その日を最後に、私は愛美の家に行けなくなった。彼女が学校に来ることもなかった。
今日は図書室には行かなかった。愛美の家に行くからだ。彼女とは中学生から同じで、近所に住んでいる。
愛美は、二学期になってからほとんど学校に来ていなかった。だから、彼女と親しい私が、週に一度は家を訪ねて、学校でもらったプリントなんかを届けている。
愛美は熊野と仲が良い方だったから、あいつが死んだショックを引きずって、今も塞ぎ込んでいるのだった。
熊野が死んだ後、一時的に学校に来られなくなる子は他にもいた。それでも、時間が経つにつれて徐々に回復し、一ヶ月もすると、みんな来るようになった。
愛美一人だけが例外で、回復できずに長引いている。学校側も気にかけているが、スクールカウンセラーとの面談には応じず、医療機関にも行っていないらしい。担任の先生も度々訪れるというが、会えないことが多いそうだ。
それでも、私とは会ってくれる。恐らく、私が熊野の話をしないようにしているから、安心してくれているのだろう。
今日も、私が家を訪ねると、愛美は普段と変わらない様子で、私を両親の留守宅に入れてくれた。
こうして訪ねる度、愛美とは、しばし一緒に勉強をして過ごす。昔から、お互いの家を訪ね合う仲だから、当たり前のようにできた習慣だ。ただ、最近は、勉強はせずに、ただおしゃべりをして終わってしまうことも多い。愛美が、学校の勉強についてこられなくなってきているからである。
以前は、私よりも成績が良い彼女だった。でも、学校を休むようになってからは、自分でもほとんど勉強していない様子である。一学期の復習をしているころはまだ良かったけれど、今は学校の授業も、随分と先に進んでしまったから、愛美はちんぷんかんぷんになっている様子だった。私がとやかく言うことではないのだが、このままで大丈夫なのかと、心配はしている。
愛美は私を部屋に入れて、お茶を出してくれた。それから、私から受け取ったプリントのファイルの中身を確かめて、肩を落とした。
「進路希望調査票……」
出てきたプリントを見て、愛美はあからさまに顔を曇らせる。就職か進学かを決めて、担任に提出しなければいけないものだ。これを元に、後で面談が行われる。進学となれば、どこを目指すのか、どのように対策をしていくのかを、担任と話し合うことになる。将来を決めきれない私にとっても、気が重いプリントだった。
夏休みまでの愛美は、大学に行って、将来はバリキャリになりたいなんて言っていたけれど、今はどうなのだろう。
余計なお世話だとは思いつつも、友達として少しは踏み込んだ方がいい気がして、私は口を開く。
「愛美、いつまでもこうしてはいられないよ。大学に行きたいなら、独学でも、勉強はしなきゃ」
すると、思わぬ返事が返ってきた。
「……あたし、もう、大学に行くつもりはないんだ」
「え? じゃあ、どうするの?」
「狩猟免許取って、猟師になる」
あまりにも予想外の答えに、私は言葉を失う。冗談だろう、と思ったけれど、愛美の顔は真剣だ。
「猟師になって、熊退治するの。……笑っていいよ」
そんなことを言われたって、笑える雰囲気じゃない。私が何も言えずにいると、愛美が、押し殺すような声で言った。
「あたし、あいつが……敬吾が、好きだった。夏祭りのとき、告白しようと思ってたけど、勇気が出なくて、できなかった。今、そのことをものすごく後悔してるんだ。だって、今からじゃ、どんなに勇気を出しても、もう伝えられないんだもん……」
愛美が両手に顔を埋めて泣き出す。仲が良い二人だとは思っていたけれど、そこまで彼女が思い入れていたなんて、全然気付かなかった。
「だからね、復讐してやるの。狩猟免許取って、熊を撃って。もう学校には行かない。狩猟免許って、学歴関係ないもん」
「でもさ……」
私は、愛美を止めなければいけない気がした。熊野を想う気持ちは大切なものだし、否定する気もないけれど、死んだ人のために将来の選択肢を狭めてしまうのは、何か違うと思ったのだ。それに、猟師なんて、きっとそれだけで食べていける仕事ではない。優しい愛美が、本当に動物を撃てるとも思えなかった。
しかし、不意に向けられた愛美の鋭い眼差しを前に、私はその後の言葉を続けることができなかった。
「あんたには分かんないよ。だから、口出ししないで。もう、帰って」
私はどうすることもできず、追い立てられるように愛美の家を出る。バタンと勢い良く閉められたドアの音が、いつまでも耳に残った。
その日を最後に、私は愛美の家に行けなくなった。彼女が学校に来ることもなかった。
