あいつが熊に殺された

 人はいつか死ぬ。そんなことは、誰もが知っている。
 でも、ずっと先のことだと思っていたし、それなりに穏やかなものだとも思っていた。ドラマで見るみたいに、自宅のベッドで、家族に囲まれて、別れを惜しまれながら息を引き取る、みたいな展開を想像していた。
 そんな最期は、あまりにも理想的で、現実では難しいものなのかもしれない。だとしても、それほどひどくはならないのではないかと、みんな自然に信じているものなのではないだろうか。

『熊野敬吾くんが亡くなりました』

 最初の報せを、どこから聞いたのか思い出せない。学校の連絡網だったっけ。それとも、テレビのニュースだったっけ。
 一体、誰から聞いたんだっけ。先生だったかもしれないし、親だったかもしれないし、友達だったかもしれない。
 まるで時空が歪んでいたみたいに、その日の記憶は曖昧で、ぐちゃぐちゃで、今だって前後が繋がらない。
 翌日になって、新聞の記事になったのを見たときには、いくらか冷静になれていたけれど、やっぱり実感はなかった。誰かに夢だと言われたら、きっとそのまま信じたはずだ。
 でも、現実だった。

 ――クラスメイトの熊野敬吾が死んだ。殺されたのだ。熊に。

 夏休みに滞在していた祖父母の家の近くで、人里に下りてきた熊に襲われたのだという。田舎とはいえ、現場は人出がそれなりにある商店街だったと言うから、地元の人たちも、こんな所に出るとは、と驚いたそうだ。熊は、捕獲されるまで数人を襲ったが、命を落としたのは、不運にも熊野だけだった。
 ――まだ高校二年生。十七歳にして、突然の死。
 そんな若さで亡くなってしまっただけでも十分衝撃なのに、病気でも事故でもなく、災害に巻き込まれたわけでもなく、人に殺されたわけでもなく、あろうことか、熊に食い殺された。どれだけ痛かっただろう。苦しかっただろう。想像すると、ぞくっとして、堪らない気持ちになる。
 自分はどんなふうに死ぬんだろう、と、みんな一度くらいは考えたことがあると思う。でも、その中で、熊に殺される可能性を考えたことがある人が、一体どれくらいいるだろうか。少なくとも、私はなかった。熊野本人だって、きっと想像していなかったに違いない。
 悲しみよりも、衝撃の方がずっと大きくて、現実を受け入れる準備が整う前に、時間だけがどんどん過ぎていった。
 葬儀は親族のみで行われた。家族の意向があったそうだ。損傷が激しく、見せることもできない遺体を前に、友達は呼びたくないと。熊野の性格を考えたら、きっと本人も望まなかっただろうから、これは英断だったと思う。
 代わりに、生徒たちのために、始業式の日、体育館でお別れの会が営まれた。
 遺影は、熊野が亡くなる少し前、地域のお祭りで、お神輿を担いでいたときの写真だった。私もその場にいたから、写真を見るだけで、あの日の記憶が鮮やかに蘇ってくる。お囃子と一緒に、今でも頭の中に、熊野の元気な掛け声が聞こえてくるほどだ。
 遺影の熊野の弾けるような笑顔と、熊に食い殺されたという残酷な現実が、こんなときになってさえも、私の頭の中では結びつかなかった。
 熊野は、将来はお笑い芸人になりたいと言っていたほど、底抜けに明るい奴だった。今だって、「ドッキリでした!」というプラカードを持って、「テッテレー」という効果音と共に出てくるような気がしている。「熊野だけに、熊に襲われました!」みたいな、絶妙に笑えないジョークを言いながら、けろっとした態度で。
 校長が重々しい口調で述べるお悔やみの言葉だって、本当はどこかで、ゲラゲラ笑いながら聞いているのではないだろうか。いつまでも私は、悪い夢を見ているような気分でいる。
 そんな状態だったから、お別れの会で、私は熊野のために、一粒の涙も流してやることができなかった。
 熊野と私は、今年初めて同じクラスになったばかりだったし、どこかで、そこまで親しくなかった、と思っていたこともあるかもしれない。実際、「敬吾」という下の名前じゃなくて、「熊野」と名字で呼んでいたくらいだし――ぼんやり考えているうちに、いつの間にかお別れの会は終わっていた。
 生徒たちの反応も様々である。お別れの会の前から泣きっぱなしの人もいれば、呆然とするばかりで、私みたいに泣けない人もいた。かと思えば、全然違う話題を振って、みんなを笑わせようと頑張っている人もいた。ショックが大きすぎたためか、そもそも学校に来られなかった人や、会の途中で体育館を抜け出す人もいた。どの反応も正解で、不正解な気がした。
 教室に戻ってからは、誰も、先生でさえも、熊野の話はしなかった。私もしなかった。してはいけないような、暗黙の了解があった。みんな余所余所しく、異様に明るく振る舞っている。今はそれがベストだと思ったから、私もそうした。
 時間が経てば、熊野のいない日常が当たり前になって、教室の空気にも馴染むことだろう。クラスメイトが熊野と一緒にいたのは、一学期の間だけ。これからは、熊野なしの時間の方が長くなるのだから。
 ――人の死なんて、気持ちの良いことではない。早く忘れてしまった方がいいのだ。
 きっと、みんなも同じ気持ちだろうと信じて、私は自分に強くそう言い聞かせた。