【短編】宮廷最強の守護官は、調香宮女にだけ惑わされる~七年ぶりに再会したお嬢様と年下従者の恋模様~

「あれ、仁。目を逸らしちゃうの?」

 初日からかわれた仕返しだとばかりに珠那は仁太朗に詰め寄る。
 上目で仁太朗の顔を覗き込んでも、頑なに目は合わせてくれなかった。

「褒められ慣れていないんですよ」
「後宮の女官たちに仁が騒がれていることは知っているわよね。仁のことだから外の世界でも、たくさん……」
「珠那から――という意味です」

 ようやく合わさった視線に、今度は珠那の胸の奥が騒ぎ出す。
 
「私、仁を褒めたことなかった?」
「少なくとも昔は」
「そうだった? 昔もいっぱい褒めるとこあったわよ。えっと……」

 珠那が過去を思い出そうとしても、仁太朗の泣き顔や震えているのに虚勢を張っている姿ばかりが思い浮かぶ。

(仁を可愛いと感じた思い出しかないかも……)

「……真面目なところとか」
「ようやく捻り出して、それですか」
「だって……」

 珠那は困惑した。
 その先を仁太朗に告げていいのか躊躇が生じたからだ。

「――わかっていますよ。あの頃の俺が頼りなかったのは」
「違うの。仁じゃなくて私の問題で……」

 珠那の顔つきが困惑に歪む。
 瞼を伏せた珠那を仁太朗は色素の薄い瞳に映していた。 

「母を早くに亡くして私は一人娘だったから、父を困らせたくなかったし、家を守りたいと思って常に気を張っていたの……」

 珠那は過去の自分を思い出して、羞恥に顔面を染めた。

「だから仁に対しても、必要以上に背伸びしてお姉さんぶって世話を焼いていたなと思って……」
「――俺にとって、昔の珠那はしっかりしていて何でもできるお嬢様だという印象です」
「そう思われたくて、必死で頑張っていただけよ。でも結局、父が亡くなって、家は親戚筋へ吸収されて失ってしまったけど……」

 あの時の胸の痛みが蘇って、珠那の眉が歪む。
 ふと気づくと、仁太朗が上半身を曲げて俯いた珠那の顔を覗き込んでいた。

「……何よ」

 反射的に半歩退く珠那に、仁太朗からの視線に含みが混ざって突き刺さる。

「泣きたいなら俺の胸を貸してあげようかと思って」
「結構よ。それに泣かないわ」
「あの頃の珠那への見る目が変わりますね。必死に背伸びしてたなんて健気で意地らしいじゃないですか」
「どんな目で仁は私を見てたのよ」
「いいんですか? 言葉にしても」
「やっぱり聞きたくないわ」

 意味深そうに微笑む仁太朗から珠那は目を逸らした。

「とにかく! 正妃様のお部屋の調査許可が出たら連絡して」

 仁太朗の横を通り過ぎようとした珠那の腰を腕で引き寄せた。
 身体を密着させながら珠那の耳元に唇を寄せる。

「今度、時間がある時に珠那へ教えてあげますよ。じっくりと」

 仁太朗の甘美な低い声色で囁かれ、今度こそ香炉を手から離しそうになったのを、かろうじて堪えた。

「……近いってば。もう子どもじゃないのよ」
「やっと、わかりました? 昔、自分を散々振り回した珠那をからかえるのが面白くて、つい……」

 ――振り回していた。
 はっきり仁太朗に告げられて、珠那は返す言葉がなかった。
 昔、自分が振り回していた年下の弟的な存在に今は珠那が翻弄されている。
 
(最強の守護官となった仁に……)

 不自然だとわかりながら視線を外したまま、珠那は仁太朗の腕からすり抜けた。
 存外にあっさりと離され、珠那は「戻るわね」と、そのまま歩き出す。
 背中に仁太朗の視線を感じるが、振り返る気にはなれなかった。
 正妃の居室を調べる許可が下りたのは、その翌日。
 ただし、それは仁太朗の申請の承認が下りたからではない。
 承認される前に、朝を迎え、昼を過ぎても正妃が一向に目を覚まさなかったからだった。