「珠那さん、今日も調査していただいているのですね」
「はい。まだ余り顔色が優れないですね」
「ええ。相変わらず倦怠感は続いています。けれど横になっておくほど悪くもなくて」
「さようでございますか。正妃様は?」
「早くお元気になられるといいのですが、お休みになられている時間が多いです。しかし、御殿内を歩かれたりもしていますよ。守護官の警護がつきすぎているのが落ち着かないとおっしゃいながらも」
女官は一礼して立ち去っていった。
「ねぇ、仁。正妃様は御殿内を歩かれたりもしているの?」
「そう報告は受けていますが」
「……そう」
「珠那は何かお気づきになられたみたいですね」
「気づくというほど確かなものではないわ」
「俺には話してもらえません?」
「……」
珠那は口にしてしまっていいのか、わからなかった。
思いついたことが朧げすぎたこともあったし、不敬になる可能性もあった。
「話さないなら、強引に口を割らせましょうか?」
顎を強引ではないながらも強制的に上向かせられ、珠那は仁太朗と視線の先が結び合った。
「強引にって何するつもり?」
「珠那の唇、桃色に色づいて美味しそうですので、味見させてもらおうかなと」
妖しげに口元を緩ませる仁太朗。
珠那は持っていた香炉を危うく落下させそうになった。
(こういうのって卑怯って言わないの?)
珠那は羞恥と悔しさに震えながらも「話すわよ」と仁太朗に答える。
「珠那のを味わってみたかったですが、仕方ないですね」
仁太朗はしたり顔で珠那から手を離す。
完全に消化は出来ず不服な表情を残しながらも、珠那は疑問を口にした。
「……妖異って人に憑くことはできるの?」
仁太朗の目つきが真摯なものに変わる。
数日、再会した仁太朗と時間を共にし、守護官として任務を全うする男に切り替わる瞬間が珠那にも、わかるようになっていた。
「憑くという言葉が適切かはわかりませんが、ありますね。人そのものに憑りつくというよりは、人の何らかを媒介にして宿主としてくることはあります」
仁太朗も説明しながら、珠那の言いたいことがわかってきたらしい。
「私たちは北の御殿を隈なく調べてきているわ。けれども、一つだけ調べきれていない場所がある」
「正妃様――か」
正妃の居室に立ち入り可能な人間は限られる。
もちろん正妃本人にお目にかかれる人間も。
「仁太朗は実際に正妃様にお会いになったのでしょう」
「初日にお休みになられているところを遠目で視認しただけです」
「初日……よね? その時に私たちは妖異の一部を見つけている」
「――その後の隠れ家ってことか……」
「妖異本体が自ら動いているのではなく、正妃様の動きに合わせているとしたら……」
「しかし、その仮説は危険ですね」
「ええ。確証もないし誤っていた場合……」
「俺も珠那も首を斬られると」
「もしくは四肢を八つ裂きにされるとか……」
仁太朗と珠那は二人で苦笑を零す。
洒落のならなさゆえに笑うしかなかったのだ。
「正妃様ご本人を調べるのは不可能でしょうね」
「ええ。わかっているわ」
「確かめられるとしたら……」
――正妃の部屋。
しかし、そこも立ち入るには難解な場所である。
正妃の私室に調香女官が立ち入るなど以ての外であるし、実際に正妃を見たこともない。
「もう一度、仁が正妃様のお部屋に入れないの?」
「俺が正妃様を籠絡するというわけですか?」
「正妃様に何しようとしてるのよ」
「冗談に決まっているじゃないですか」
今の仁太朗だったら、正妃さえ虜にしそうだと、全くの譫言に聞こえないのが恐ろしかった。
「上に話を通してみます。ここ数日の調査で材料が揃いつつありますので、許可は得られるでしょう。あとは俺の言うことなので」
「自信があるのね」
「自信が持てるような選択と行動を積み重ねてきただけです」
さらっと告げた仁太朗の一言に珠那が知らない間に仁太朗が積み重ねてきた研鑽が垣間見えた気がした。
そうでなければ、守護官になれただけでなく、仁太朗の若さで守護官の中でも上に立つ異例は成し得ない。
珠那は過去の仁太朗を知っているだけに、血の滲むような弛まぬ努力を重ねてきたのだと。
「珠那にも調査へ協力してもらうことになると思いますが」
「もちろんよ」
即答する珠那に仁太朗は目を細めた。
「珠那も危険な目に遭うかもしれませんよ」
「ここまで関わってきたのよ。今さら放り出さないわ。それに」
「それに?」
「今の仁は頼もしいもの」
珠那は本心をそのまま仁太朗を見上げて伝えた。
珠那を見下ろしている仁太朗の美しい顔つきが驚きを現している。
「だから、怖いと思わない」
(また仁太朗の意表を突いてしまったみたいだわ)
そんな顔つきすら欠点一つ見つけられない仁太朗は珠那から目を逸らしてしまった。
「はい。まだ余り顔色が優れないですね」
「ええ。相変わらず倦怠感は続いています。けれど横になっておくほど悪くもなくて」
「さようでございますか。正妃様は?」
「早くお元気になられるといいのですが、お休みになられている時間が多いです。しかし、御殿内を歩かれたりもしていますよ。守護官の警護がつきすぎているのが落ち着かないとおっしゃいながらも」
女官は一礼して立ち去っていった。
「ねぇ、仁。正妃様は御殿内を歩かれたりもしているの?」
「そう報告は受けていますが」
「……そう」
「珠那は何かお気づきになられたみたいですね」
「気づくというほど確かなものではないわ」
「俺には話してもらえません?」
「……」
珠那は口にしてしまっていいのか、わからなかった。
思いついたことが朧げすぎたこともあったし、不敬になる可能性もあった。
「話さないなら、強引に口を割らせましょうか?」
顎を強引ではないながらも強制的に上向かせられ、珠那は仁太朗と視線の先が結び合った。
「強引にって何するつもり?」
「珠那の唇、桃色に色づいて美味しそうですので、味見させてもらおうかなと」
妖しげに口元を緩ませる仁太朗。
珠那は持っていた香炉を危うく落下させそうになった。
(こういうのって卑怯って言わないの?)
珠那は羞恥と悔しさに震えながらも「話すわよ」と仁太朗に答える。
「珠那のを味わってみたかったですが、仕方ないですね」
仁太朗はしたり顔で珠那から手を離す。
完全に消化は出来ず不服な表情を残しながらも、珠那は疑問を口にした。
「……妖異って人に憑くことはできるの?」
仁太朗の目つきが真摯なものに変わる。
数日、再会した仁太朗と時間を共にし、守護官として任務を全うする男に切り替わる瞬間が珠那にも、わかるようになっていた。
「憑くという言葉が適切かはわかりませんが、ありますね。人そのものに憑りつくというよりは、人の何らかを媒介にして宿主としてくることはあります」
仁太朗も説明しながら、珠那の言いたいことがわかってきたらしい。
「私たちは北の御殿を隈なく調べてきているわ。けれども、一つだけ調べきれていない場所がある」
「正妃様――か」
正妃の居室に立ち入り可能な人間は限られる。
もちろん正妃本人にお目にかかれる人間も。
「仁太朗は実際に正妃様にお会いになったのでしょう」
「初日にお休みになられているところを遠目で視認しただけです」
「初日……よね? その時に私たちは妖異の一部を見つけている」
「――その後の隠れ家ってことか……」
「妖異本体が自ら動いているのではなく、正妃様の動きに合わせているとしたら……」
「しかし、その仮説は危険ですね」
「ええ。確証もないし誤っていた場合……」
「俺も珠那も首を斬られると」
「もしくは四肢を八つ裂きにされるとか……」
仁太朗と珠那は二人で苦笑を零す。
洒落のならなさゆえに笑うしかなかったのだ。
「正妃様ご本人を調べるのは不可能でしょうね」
「ええ。わかっているわ」
「確かめられるとしたら……」
――正妃の部屋。
しかし、そこも立ち入るには難解な場所である。
正妃の私室に調香女官が立ち入るなど以ての外であるし、実際に正妃を見たこともない。
「もう一度、仁が正妃様のお部屋に入れないの?」
「俺が正妃様を籠絡するというわけですか?」
「正妃様に何しようとしてるのよ」
「冗談に決まっているじゃないですか」
今の仁太朗だったら、正妃さえ虜にしそうだと、全くの譫言に聞こえないのが恐ろしかった。
「上に話を通してみます。ここ数日の調査で材料が揃いつつありますので、許可は得られるでしょう。あとは俺の言うことなので」
「自信があるのね」
「自信が持てるような選択と行動を積み重ねてきただけです」
さらっと告げた仁太朗の一言に珠那が知らない間に仁太朗が積み重ねてきた研鑽が垣間見えた気がした。
そうでなければ、守護官になれただけでなく、仁太朗の若さで守護官の中でも上に立つ異例は成し得ない。
珠那は過去の仁太朗を知っているだけに、血の滲むような弛まぬ努力を重ねてきたのだと。
「珠那にも調査へ協力してもらうことになると思いますが」
「もちろんよ」
即答する珠那に仁太朗は目を細めた。
「珠那も危険な目に遭うかもしれませんよ」
「ここまで関わってきたのよ。今さら放り出さないわ。それに」
「それに?」
「今の仁は頼もしいもの」
珠那は本心をそのまま仁太朗を見上げて伝えた。
珠那を見下ろしている仁太朗の美しい顔つきが驚きを現している。
「だから、怖いと思わない」
(また仁太朗の意表を突いてしまったみたいだわ)
そんな顔つきすら欠点一つ見つけられない仁太朗は珠那から目を逸らしてしまった。



