「――ひとまず、一通り見て回りましょうか」
仁太朗は連れていた2名の守護官へ声をかける。
守護官は仁太朗に従順なのか、しっかりと頷き返していた。
「私も行くわ」
「来なくていいです」
珠那の申し出は、つれなく仁太朗に断られた。
「どうして?」
「まず現場を視察して妖異と危険性の確認をしてきます。後宮の調香女官を危険に巻き込めません」
「けれど、香で異変を察知するなら、最初から私もいたほうが」
「珠那」
珠那を制すように仁太朗に名を呼ばれる。
「ここからは俺たちの領域ですので」
仁太朗の手が腰の刀に触れた。
表情は変わらなくとも、瞳に真剣さが増している。
「――珠那は不服そうな顔をしていますね」
「そういうわけじゃないけれど」
「昔、近くの山を2人で探検していて、珠那がどんどん山奥に進んでいくから、揃って迷子になったのを覚えていますか?」
「……そんなことも、あったような……」
「たまたま山菜採りに来ていたおじいさんが見つけてくれて助かりましたが、運が悪ければ2人揃って死んでいましたよ」
二の句を継げない珠那に対して、仁太朗は苦笑いを零す。
「真面目に仕事をこなしてきますので、少し待っていてください」
仁太朗は守護官2人を従えて、女中に先導されて御殿の奥へと進んでいく。
(本当に仁……なのよね?)
未だに珠那の知っている”仁”と守護官である“仁太朗”の姿が一致せずにいる。
それほどまでに乖離が大きかった。
珠那と仁太朗しか知らないはずの思い出を知っているから確かに仁太朗であるはずなのに。
「ちょっと、珠那さん!」
「珠那さんが宮廷一と名高い守護官の仁太朗様とご懇意にされていらっしゃるなんて」
感慨に耽る間もないまま、女官たちに取り囲まれる。
(最悪だわ……女の園では出しゃばらず、目立たずいることが、波風たてずに平和を保てる最善だと思っていたのに……)
「昔、ほんの少し知っていただけで今は全くの無関係でして……」
「うらやましいわ。私も仁太朗様に名を呼ばれたいです」
「どうしたら、あんなに美しい殿方が産まれるのかしら」
「素敵よね」
仁太朗ご一行が戻ってくるまで、珠那は女官たちの勢いに圧倒されながら囲まれ続けていた。
守護官たちが控えの間へと戻ってくるまでに、それほど時間はかからず、仁太朗の姿を認めると、すぐさま女官たちは散っていく。
解放された珠那は、ほっと胸を撫で下ろした。
「――確実にいますね」
あっさりと妖異の存在を認められ、珠那は目を白黒させた。
「微かですが妖異の気配も残っていました。恐らく正妃様始め女官の体調不良も、この妖異の影響が出ています」
珠那は自分の推論通りになったものの、妖異が正妃様の北の御殿へと侵入していたことに驚きを隠せない。
仁太朗は2人の守護官たちへと目を向けた。
「一人は御殿の外周巡察。もう一人は正妃様の警護を。仕えている女官に詳細を聞けるようだったら聞いておいてください。異変があれば無理に手を出さず、すぐに俺を呼ぶように」
「承知いたしました」
守護官たちが仁太朗の指示に従い散っていく。
仁太朗より明らかに年上の守護官たちが迷いなく付き従っていた。
「何で珠那は俺を熱い目で見つめているんですか?」
「見てはいたけど、熱くはないわ」
「素直じゃないですよね。何ですか?」
「本当に仁は守護官だったんだと思っていただけ」
「失礼ですね。仕事はきっちりします。ただ」
仁太朗の目つきが、音もなく鋭いものに変わる。
「妖異の居場所が特定できません」
「特定できないって……。いるんでしょ?」
「これだけ人から生気を吸うほどの妖異だったら、通常は当たりがつけられます。今、この場所にも確かに気配は残っています。しかし、ここまで薄いと追いきれない」
仁太朗を纏う空気に緊張感が孕む。
(真面目に仕事こなしてるのは間違いないようね)
「“香“で追ってみる?」
珠那の提案に、仁太朗は目線を寄越すことで返答した。
その怪訝の色に構わず、珠那は言葉を続ける。
「私が異変に気づいたきっかけになったあの残り香。しっかり記憶してるわ。香を焚いていけば、追えるかも」
仁太朗は即答しなかった。
様々な観点から採用すべきか検討しているといった様子だった。
「試してみる価値はありそうですね」
仁太朗の前向きな検討は珠那の調香女官としての実力に信用を置いてもらっているということだ。
珠那は瞳を輝かせた。
「ただし俺が危険だと判断したら、即刻中止します。珠那は俺より前にも出ないでください」
「わかってるわよ」
「――どうだか……」
仁太朗は涼しい顔をして、悪戯さが含まれた視線を珠那に流してくる。
「昔は俺に散々言っていましたよね」
「何を?」
「危ないことするなとか。ちゃんと食べろとか」
「……言ったかしら」
「言っていましたよ。毎日のように」
「私はもう仁が知っている幼い私じゃないわ」
仁太朗は唇を引き結んで、そう答えた珠那を見つめていた。
「知っています。俺も同じですから」
珠那から目を逸らした仁太朗に疑問が生じる。
しかし、気持ちを切り替えて調査のために、女官に案内してもらいながら、北の御殿を2人で順に回り始めた。
仁太朗は連れていた2名の守護官へ声をかける。
守護官は仁太朗に従順なのか、しっかりと頷き返していた。
「私も行くわ」
「来なくていいです」
珠那の申し出は、つれなく仁太朗に断られた。
「どうして?」
「まず現場を視察して妖異と危険性の確認をしてきます。後宮の調香女官を危険に巻き込めません」
「けれど、香で異変を察知するなら、最初から私もいたほうが」
「珠那」
珠那を制すように仁太朗に名を呼ばれる。
「ここからは俺たちの領域ですので」
仁太朗の手が腰の刀に触れた。
表情は変わらなくとも、瞳に真剣さが増している。
「――珠那は不服そうな顔をしていますね」
「そういうわけじゃないけれど」
「昔、近くの山を2人で探検していて、珠那がどんどん山奥に進んでいくから、揃って迷子になったのを覚えていますか?」
「……そんなことも、あったような……」
「たまたま山菜採りに来ていたおじいさんが見つけてくれて助かりましたが、運が悪ければ2人揃って死んでいましたよ」
二の句を継げない珠那に対して、仁太朗は苦笑いを零す。
「真面目に仕事をこなしてきますので、少し待っていてください」
仁太朗は守護官2人を従えて、女中に先導されて御殿の奥へと進んでいく。
(本当に仁……なのよね?)
未だに珠那の知っている”仁”と守護官である“仁太朗”の姿が一致せずにいる。
それほどまでに乖離が大きかった。
珠那と仁太朗しか知らないはずの思い出を知っているから確かに仁太朗であるはずなのに。
「ちょっと、珠那さん!」
「珠那さんが宮廷一と名高い守護官の仁太朗様とご懇意にされていらっしゃるなんて」
感慨に耽る間もないまま、女官たちに取り囲まれる。
(最悪だわ……女の園では出しゃばらず、目立たずいることが、波風たてずに平和を保てる最善だと思っていたのに……)
「昔、ほんの少し知っていただけで今は全くの無関係でして……」
「うらやましいわ。私も仁太朗様に名を呼ばれたいです」
「どうしたら、あんなに美しい殿方が産まれるのかしら」
「素敵よね」
仁太朗ご一行が戻ってくるまで、珠那は女官たちの勢いに圧倒されながら囲まれ続けていた。
守護官たちが控えの間へと戻ってくるまでに、それほど時間はかからず、仁太朗の姿を認めると、すぐさま女官たちは散っていく。
解放された珠那は、ほっと胸を撫で下ろした。
「――確実にいますね」
あっさりと妖異の存在を認められ、珠那は目を白黒させた。
「微かですが妖異の気配も残っていました。恐らく正妃様始め女官の体調不良も、この妖異の影響が出ています」
珠那は自分の推論通りになったものの、妖異が正妃様の北の御殿へと侵入していたことに驚きを隠せない。
仁太朗は2人の守護官たちへと目を向けた。
「一人は御殿の外周巡察。もう一人は正妃様の警護を。仕えている女官に詳細を聞けるようだったら聞いておいてください。異変があれば無理に手を出さず、すぐに俺を呼ぶように」
「承知いたしました」
守護官たちが仁太朗の指示に従い散っていく。
仁太朗より明らかに年上の守護官たちが迷いなく付き従っていた。
「何で珠那は俺を熱い目で見つめているんですか?」
「見てはいたけど、熱くはないわ」
「素直じゃないですよね。何ですか?」
「本当に仁は守護官だったんだと思っていただけ」
「失礼ですね。仕事はきっちりします。ただ」
仁太朗の目つきが、音もなく鋭いものに変わる。
「妖異の居場所が特定できません」
「特定できないって……。いるんでしょ?」
「これだけ人から生気を吸うほどの妖異だったら、通常は当たりがつけられます。今、この場所にも確かに気配は残っています。しかし、ここまで薄いと追いきれない」
仁太朗を纏う空気に緊張感が孕む。
(真面目に仕事こなしてるのは間違いないようね)
「“香“で追ってみる?」
珠那の提案に、仁太朗は目線を寄越すことで返答した。
その怪訝の色に構わず、珠那は言葉を続ける。
「私が異変に気づいたきっかけになったあの残り香。しっかり記憶してるわ。香を焚いていけば、追えるかも」
仁太朗は即答しなかった。
様々な観点から採用すべきか検討しているといった様子だった。
「試してみる価値はありそうですね」
仁太朗の前向きな検討は珠那の調香女官としての実力に信用を置いてもらっているということだ。
珠那は瞳を輝かせた。
「ただし俺が危険だと判断したら、即刻中止します。珠那は俺より前にも出ないでください」
「わかってるわよ」
「――どうだか……」
仁太朗は涼しい顔をして、悪戯さが含まれた視線を珠那に流してくる。
「昔は俺に散々言っていましたよね」
「何を?」
「危ないことするなとか。ちゃんと食べろとか」
「……言ったかしら」
「言っていましたよ。毎日のように」
「私はもう仁が知っている幼い私じゃないわ」
仁太朗は唇を引き結んで、そう答えた珠那を見つめていた。
「知っています。俺も同じですから」
珠那から目を逸らした仁太朗に疑問が生じる。
しかし、気持ちを切り替えて調査のために、女官に案内してもらいながら、北の御殿を2人で順に回り始めた。



