仁太朗は全てを見透かしそうな謎めいた双眼を細めて笑った。
後ずさった珠那に仁太朗はじりじり距離を詰めてくる。
「今は俺のほうが高いですね」
「ええ、身長は……」
「ずいぶん俺を見上げてますけど、首が痛くならないですか?」
身長の高さを誇示するように、口許へ綺麗な笑みを浮かべて見下ろす仁太朗に珠那は大きな瞳に少しの苛立ちを覗かせた。
(完全に面白がられている……)
「育ったのは身長だけじゃないって、わからせましょうか?」
上半身を曲げて珠那を楽しげに覗き込む仁太朗。
珠那は遠慮なしに縮められた距離に身を強張らせながらも、まじまじと仁太朗を見返した。
「……誰? 私の知っている仁じゃないわ」
「普通、本人に誰って聞きます?」
「仁はそんな性格じゃなかったもの」
「そんなってどんな?」
「……どんなって、少なくとも私をからかってきたりはしなかった」
「7年もあれば人は変わって当然です」
それは珠那も承知している。
だからといって、目の前の男が変わりすぎていることに珠那は余白を埋められずにいた。
「昔の仁はもっと可愛かったわ」
「今の俺は?」
更に笑みを深くして、視線を外さず問いを重ねる仁太朗に珠那は言葉が詰まる。
(外見も中身も色男って雰囲気だと仁に伝えていいもの?)
珠那の知っている仁太朗は生真面目で、不器用で。
従者見習いと言いながらも、弱々しい仁太朗を守っていたのは珠那だった。
「今の仁は女性に対して手が早そうに見える」
「ひどい言い草ですね」
「だって、昔の仁は私たちと年齢が一番近かった若い女中に憧れていたもの」
「知っていたんですか?」
「ええ。あの可愛らしい女中が来ると、仁は急に姿勢を正して、かっこつけ始めていたわ」
「珠那は物言いに遠慮ってものを知らないんですか?」
さらりと仁太朗から呼び捨てにされたのを一拍遅れて珠那は理解した。
「……今、何て呼んだの?」
「珠那」
「どうして?」
「自分で名乗ってたくせに」
「そうじゃなくて」
「では今も、お嬢様とお呼びしたほうが?」
再び珠那は言葉に詰まる。
仁太朗と5年暮らしたあの家は父が亡くなり、親戚筋に吸収され、完全に失われてしまった。
今の珠那は後宮の女官の1人に過ぎない。
「もう私はお嬢様ではないわ」
「――じゃあ珠那で」
楽しそうに双眸を細める仁太朗に珠那はむず痒いような感覚に襲われていた。
仁太朗の過去と今の余白が埋められないどころか、どんどん広がっていくように思える。
はっと珠那が周囲に視線を走らせれば、皆が仁太朗と珠那の様子に注目していた。
誰が見たとしても、調査に入った守護官と調香女官の初対面には見えていないだろう。
「――さて、仕事しようか」
仁太朗のたった一言で、後ろに控えていた守護官2名の空気まで引き締まる。
軽薄そうな表情はそのままにも関わらず、切れ長の瞳から余分なものは消失した。
「――で、香によって異変に初めて気づいたのが珠那だったと」
「ええ」
「詳細を聞かせてもらえますか?」
珠那も気持ちを切り替える。
一向で控えの間へと移動すると、頭で組み立てておいた一部始終を仁太朗に説明した。
仁太朗は先ほどまでの軽さが嘘のように珠那の話に耳を傾けている。
「――へえ」
話を聞き終わると、仁太朗は卓上に並ぶ集められた香炉に視線を走らせながら、何かを考え込んでいるようだった。
「状況は概ね把握しました」
「ええ。この北の御殿だけで異常が出ている可能性は高いかと」
「珠那は意外と、しっかり働いているんですね」
珠那は仁太朗に向けていた視線を尖らせる。
「意外とって何なの?」
「昔は俺が食べようとしていた菓子を勝手に取っていくような人だったのに」
「半分こって先に言ったわよね?」
「どう見ても半分じゃなかったです。珠那が持っていったほうが8分くらい」
「8は大げさよ。せいぜい7くらいだったわ」
「多く取ったことは認めるんですね」
「あの頃は私のほうが身体が大きかったもの、細かいことを7年も覚えているのね」
「珠那と再会して思い出しただけです。随分と強気で勝ち気なお嬢様だったなと」
「変な言い方しないで」
唇を尖らせる珠那に、仁太朗は薄く笑う。
「俺は珠那をすごいと思っていますけど」
「どこが?」
「異変に気付いただけでなく、即座に対処している。説明も事実と推測を切り分けられていて、理解しやすかった」
「そ、そう……」
いきなり真っ直ぐに仁太朗から褒められて、珠那は居心地が悪くなった。
「……4年経験を積んできたから」
「4年?」
「調香女官になってから、それくらい経っているわ。香の知識を学び始めたのは、もっと前よ」
「――そうですか」
そう告げた仁太朗の声色が少し変化を見せる。
「何?」
「俺は、今の珠那のこと何にも知らないんだと思っただけです」
それは珠那も同感だった。
あの弱々しかった仁太朗がどうして、文武に優れている必要のある難関の守護官となったのか。
その中でも若くして随一の実力を身につけたのか、知らないことだらけだった。
後ずさった珠那に仁太朗はじりじり距離を詰めてくる。
「今は俺のほうが高いですね」
「ええ、身長は……」
「ずいぶん俺を見上げてますけど、首が痛くならないですか?」
身長の高さを誇示するように、口許へ綺麗な笑みを浮かべて見下ろす仁太朗に珠那は大きな瞳に少しの苛立ちを覗かせた。
(完全に面白がられている……)
「育ったのは身長だけじゃないって、わからせましょうか?」
上半身を曲げて珠那を楽しげに覗き込む仁太朗。
珠那は遠慮なしに縮められた距離に身を強張らせながらも、まじまじと仁太朗を見返した。
「……誰? 私の知っている仁じゃないわ」
「普通、本人に誰って聞きます?」
「仁はそんな性格じゃなかったもの」
「そんなってどんな?」
「……どんなって、少なくとも私をからかってきたりはしなかった」
「7年もあれば人は変わって当然です」
それは珠那も承知している。
だからといって、目の前の男が変わりすぎていることに珠那は余白を埋められずにいた。
「昔の仁はもっと可愛かったわ」
「今の俺は?」
更に笑みを深くして、視線を外さず問いを重ねる仁太朗に珠那は言葉が詰まる。
(外見も中身も色男って雰囲気だと仁に伝えていいもの?)
珠那の知っている仁太朗は生真面目で、不器用で。
従者見習いと言いながらも、弱々しい仁太朗を守っていたのは珠那だった。
「今の仁は女性に対して手が早そうに見える」
「ひどい言い草ですね」
「だって、昔の仁は私たちと年齢が一番近かった若い女中に憧れていたもの」
「知っていたんですか?」
「ええ。あの可愛らしい女中が来ると、仁は急に姿勢を正して、かっこつけ始めていたわ」
「珠那は物言いに遠慮ってものを知らないんですか?」
さらりと仁太朗から呼び捨てにされたのを一拍遅れて珠那は理解した。
「……今、何て呼んだの?」
「珠那」
「どうして?」
「自分で名乗ってたくせに」
「そうじゃなくて」
「では今も、お嬢様とお呼びしたほうが?」
再び珠那は言葉に詰まる。
仁太朗と5年暮らしたあの家は父が亡くなり、親戚筋に吸収され、完全に失われてしまった。
今の珠那は後宮の女官の1人に過ぎない。
「もう私はお嬢様ではないわ」
「――じゃあ珠那で」
楽しそうに双眸を細める仁太朗に珠那はむず痒いような感覚に襲われていた。
仁太朗の過去と今の余白が埋められないどころか、どんどん広がっていくように思える。
はっと珠那が周囲に視線を走らせれば、皆が仁太朗と珠那の様子に注目していた。
誰が見たとしても、調査に入った守護官と調香女官の初対面には見えていないだろう。
「――さて、仕事しようか」
仁太朗のたった一言で、後ろに控えていた守護官2名の空気まで引き締まる。
軽薄そうな表情はそのままにも関わらず、切れ長の瞳から余分なものは消失した。
「――で、香によって異変に初めて気づいたのが珠那だったと」
「ええ」
「詳細を聞かせてもらえますか?」
珠那も気持ちを切り替える。
一向で控えの間へと移動すると、頭で組み立てておいた一部始終を仁太朗に説明した。
仁太朗は先ほどまでの軽さが嘘のように珠那の話に耳を傾けている。
「――へえ」
話を聞き終わると、仁太朗は卓上に並ぶ集められた香炉に視線を走らせながら、何かを考え込んでいるようだった。
「状況は概ね把握しました」
「ええ。この北の御殿だけで異常が出ている可能性は高いかと」
「珠那は意外と、しっかり働いているんですね」
珠那は仁太朗に向けていた視線を尖らせる。
「意外とって何なの?」
「昔は俺が食べようとしていた菓子を勝手に取っていくような人だったのに」
「半分こって先に言ったわよね?」
「どう見ても半分じゃなかったです。珠那が持っていったほうが8分くらい」
「8は大げさよ。せいぜい7くらいだったわ」
「多く取ったことは認めるんですね」
「あの頃は私のほうが身体が大きかったもの、細かいことを7年も覚えているのね」
「珠那と再会して思い出しただけです。随分と強気で勝ち気なお嬢様だったなと」
「変な言い方しないで」
唇を尖らせる珠那に、仁太朗は薄く笑う。
「俺は珠那をすごいと思っていますけど」
「どこが?」
「異変に気付いただけでなく、即座に対処している。説明も事実と推測を切り分けられていて、理解しやすかった」
「そ、そう……」
いきなり真っ直ぐに仁太朗から褒められて、珠那は居心地が悪くなった。
「……4年経験を積んできたから」
「4年?」
「調香女官になってから、それくらい経っているわ。香の知識を学び始めたのは、もっと前よ」
「――そうですか」
そう告げた仁太朗の声色が少し変化を見せる。
「何?」
「俺は、今の珠那のこと何にも知らないんだと思っただけです」
それは珠那も同感だった。
あの弱々しかった仁太朗がどうして、文武に優れている必要のある難関の守護官となったのか。
その中でも若くして随一の実力を身につけたのか、知らないことだらけだった。



