珠那は女官の先導によって、渡殿へと出た。
対面側から案内役の女官に続き、黒を基調とした守護官の装束を纏い、腰に刀を佩く男たちが歩いて来る。
渡殿に散らばる女官たちがうっとりとした顔つきで、彼らに注目していた。
男が後宮にいるという事実だけではない。
守護官の先頭に立つ男が周囲の視線を独占していた。
背が高く、柔らかそうな、やや色素の薄い髪はきらめいて見え、整った造作をした美貌は反対に冴え冴えと冷たい印象を受ける。
(あらかじめ聞いていた若くして随一の実力者の守護官というのは、あちらの方ね)
珠那にも一目ですぐにわかった。
背後に2人の守護官を従えているが、前を歩く男が一番若そうである。
「なんて、すてきなのかしら」
「聞こえてしまうわよ」
女官たちの興味はこの男の守護官としての腕より、容姿なのだろう。
男の鋭い双眸が前へと立つ珠那を捉える。
珠那は反射的に腰を折った。
「こちらが異変に気づきました調香女官です」
守護官を案内していた女中が珠那を紹介した。
「珠那と申します」
頭を下げたまま名乗り、ゆっくりと顔を上げる。
目の前の冷たく感じるほど綺麗な相貌をしている守護官は呼吸さえ忘れるほど、珠那へ見入っていた。
(何なのかしら……?)
珠那も戸惑っているが、男の後ろに控えている守護官たちも、渡殿を行き交う女官たちも若き凄腕守護官の予期せぬ反応に驚いているらしい。
「おい、仁太朗。固まって、どうした?」
後方の守護官が男を軽く小突く。
しかし仁太朗と呼ばれた守護官は珠那を熱心に見つめ、視線を外さなかった。
(仁太朗って響き、何か記憶の片隅が疼くような……)
「あの、私に何か……?」
珠那は何か自分に乱れている箇所があるのかもしれないと不安になる。
やがて目の前の綺麗な男の唇が動いた。
「――お嬢様……」
低くて、どこか艶やかな余韻の残る声色だった。
珠那は長い睫毛を瞬かせる。
7年も呼ばれていなかった”お嬢様の”響き。
その呼ばれ方で、記憶の扉が開け放たれる。
目の前の男が余りにも珠那の記憶の波に漂う少年の姿と違っていた。
「……もしかして、仁なの?」
かつて珠那の家に仕えていた家臣の子。
両親ともども妖異に襲われて亡くなり、8歳で身寄りを失った仁太朗を珠那の父親が引き取った。
2つ年上の珠那は当時10歳。
仁太朗は子どもながらに生真面目だった。
世話になっている家の迷惑にはなるまいと甘える素振りを見せず、いつも背筋を無理に伸ばしていた。
兄妹がいなかった珠那は弟ができたように感じ、何かと頑張りすぎる仁太朗を構いたがった。
一緒にお菓子を食べたり、夏の庭で汗だくになって鬼ごっこをしたり。
珠那のほうが足が何段も速く仁太朗との鬼ごっこは全く勝負にならなかった。
やがて仁太朗は珠那の家に身を寄せているだけの自分が不安だったのか自ら志願して珠那の従者見習いとなった。
けれど、珠那にとっては弱いのに少し意地っ張りで手のかかる弟的存在であったのには変わりない。
珠那が15の時に父が流行り病で亡くなり、跡を継ぐ者のなかった珠那の家は途絶えた。
珠那は親戚筋に引き取られたが、仁太朗はどうなったのか詳細はわからぬまま、それきり。
親戚たちは珠那に好意的ではあったが、自分で生きていかねばと、今を必死に生きるうちにいつしか自然と”仁”の存在は珠那の忘却の彼方へと消えていった。
(あの仁が目の前にいる……?)
背丈も、声も、体つきも、まるで別人だ。
素顔の造形美は面影があるかといえばなくもない。
ただ珠那の知っている仁太朗は昔は少年というより美少女に近いあどけない顔だったのに。
目の前の男らしい色気が醸されている美形の守護官とは結びつかなかった。
「お久しぶりです。お嬢様」
7年前、自分より小さく、か細かった少年は、いつの間にか珠那が見上げなければならない細身ながらも屈強な男になっていた。
「本当に仁なのね」
「まだ疑っているんですか?」
「だって、全然違うもの」
「もっと、近くで確かめてみます?」
仁太朗は口角を上げて、珠那へと欠点ひとつない綺麗な顔を近づけてくる。
吐息がかかるほど至近距離へと迫った顔に耐えきれず、珠那は視線を斜め下方へとずらした。
「あーあ、目、逸らしちゃった。もしかして、照れてるんですか?」
「ち、違うわよ……」
「では、せっかく再会したことですし、目を合わせませんか? 俺も顔、じっくり見せてほしいし」
(誰なの? この馴れ馴れしい軽い男は……)
明確に珠那は仁太朗にからかわれている。
珠那は軽く咳払いをして、後ずさり仁太朗から距離をとって、表情を引き締めた。
「無闇に年上の女性に顔を近づけるのはよろしくないわ」
「年上って俺と2つしか違わないでしょう」
「2つもよ。足だって私のほうが速かったし、背も私より小さかったもの」
「いつの話をしているんですか?」
対面側から案内役の女官に続き、黒を基調とした守護官の装束を纏い、腰に刀を佩く男たちが歩いて来る。
渡殿に散らばる女官たちがうっとりとした顔つきで、彼らに注目していた。
男が後宮にいるという事実だけではない。
守護官の先頭に立つ男が周囲の視線を独占していた。
背が高く、柔らかそうな、やや色素の薄い髪はきらめいて見え、整った造作をした美貌は反対に冴え冴えと冷たい印象を受ける。
(あらかじめ聞いていた若くして随一の実力者の守護官というのは、あちらの方ね)
珠那にも一目ですぐにわかった。
背後に2人の守護官を従えているが、前を歩く男が一番若そうである。
「なんて、すてきなのかしら」
「聞こえてしまうわよ」
女官たちの興味はこの男の守護官としての腕より、容姿なのだろう。
男の鋭い双眸が前へと立つ珠那を捉える。
珠那は反射的に腰を折った。
「こちらが異変に気づきました調香女官です」
守護官を案内していた女中が珠那を紹介した。
「珠那と申します」
頭を下げたまま名乗り、ゆっくりと顔を上げる。
目の前の冷たく感じるほど綺麗な相貌をしている守護官は呼吸さえ忘れるほど、珠那へ見入っていた。
(何なのかしら……?)
珠那も戸惑っているが、男の後ろに控えている守護官たちも、渡殿を行き交う女官たちも若き凄腕守護官の予期せぬ反応に驚いているらしい。
「おい、仁太朗。固まって、どうした?」
後方の守護官が男を軽く小突く。
しかし仁太朗と呼ばれた守護官は珠那を熱心に見つめ、視線を外さなかった。
(仁太朗って響き、何か記憶の片隅が疼くような……)
「あの、私に何か……?」
珠那は何か自分に乱れている箇所があるのかもしれないと不安になる。
やがて目の前の綺麗な男の唇が動いた。
「――お嬢様……」
低くて、どこか艶やかな余韻の残る声色だった。
珠那は長い睫毛を瞬かせる。
7年も呼ばれていなかった”お嬢様の”響き。
その呼ばれ方で、記憶の扉が開け放たれる。
目の前の男が余りにも珠那の記憶の波に漂う少年の姿と違っていた。
「……もしかして、仁なの?」
かつて珠那の家に仕えていた家臣の子。
両親ともども妖異に襲われて亡くなり、8歳で身寄りを失った仁太朗を珠那の父親が引き取った。
2つ年上の珠那は当時10歳。
仁太朗は子どもながらに生真面目だった。
世話になっている家の迷惑にはなるまいと甘える素振りを見せず、いつも背筋を無理に伸ばしていた。
兄妹がいなかった珠那は弟ができたように感じ、何かと頑張りすぎる仁太朗を構いたがった。
一緒にお菓子を食べたり、夏の庭で汗だくになって鬼ごっこをしたり。
珠那のほうが足が何段も速く仁太朗との鬼ごっこは全く勝負にならなかった。
やがて仁太朗は珠那の家に身を寄せているだけの自分が不安だったのか自ら志願して珠那の従者見習いとなった。
けれど、珠那にとっては弱いのに少し意地っ張りで手のかかる弟的存在であったのには変わりない。
珠那が15の時に父が流行り病で亡くなり、跡を継ぐ者のなかった珠那の家は途絶えた。
珠那は親戚筋に引き取られたが、仁太朗はどうなったのか詳細はわからぬまま、それきり。
親戚たちは珠那に好意的ではあったが、自分で生きていかねばと、今を必死に生きるうちにいつしか自然と”仁”の存在は珠那の忘却の彼方へと消えていった。
(あの仁が目の前にいる……?)
背丈も、声も、体つきも、まるで別人だ。
素顔の造形美は面影があるかといえばなくもない。
ただ珠那の知っている仁太朗は昔は少年というより美少女に近いあどけない顔だったのに。
目の前の男らしい色気が醸されている美形の守護官とは結びつかなかった。
「お久しぶりです。お嬢様」
7年前、自分より小さく、か細かった少年は、いつの間にか珠那が見上げなければならない細身ながらも屈強な男になっていた。
「本当に仁なのね」
「まだ疑っているんですか?」
「だって、全然違うもの」
「もっと、近くで確かめてみます?」
仁太朗は口角を上げて、珠那へと欠点ひとつない綺麗な顔を近づけてくる。
吐息がかかるほど至近距離へと迫った顔に耐えきれず、珠那は視線を斜め下方へとずらした。
「あーあ、目、逸らしちゃった。もしかして、照れてるんですか?」
「ち、違うわよ……」
「では、せっかく再会したことですし、目を合わせませんか? 俺も顔、じっくり見せてほしいし」
(誰なの? この馴れ馴れしい軽い男は……)
明確に珠那は仁太朗にからかわれている。
珠那は軽く咳払いをして、後ずさり仁太朗から距離をとって、表情を引き締めた。
「無闇に年上の女性に顔を近づけるのはよろしくないわ」
「年上って俺と2つしか違わないでしょう」
「2つもよ。足だって私のほうが速かったし、背も私より小さかったもの」
「いつの話をしているんですか?」



