許斐とよく話すようになったのは、今年の初め、高校二年の四月からのことだった。クラスが一緒で席が近くて、よく授業のグループ分けで余るような二人だった。
はずれ者というのは、得てして同じ場所に行き着く。私たちの場合、それは屋上に続く非常階段の踊り場だった。
「あ……すみません。人、いると思ってなくて」
優しそうな子だな。というのが率直な印象だった。それは普段の彼女の姿からも読み取れるのだけれど、こんなふうに階段の踊り場で先客面して昼食を食べている私にも一切の淀みを見せないその気遣いに溢れた言葉と声が、そのときの私には、清らかで、かつ少し、痛々しいもののように思えた。
「いいよ。笹名木さんが不愉快じゃなければ」
これは優しさじゃないな、と思いながら立ち去ろうとする彼女の背中に声をかけたことを、今でも覚えている。
「本当? ありがとう、他に行き場なくて」
断るかな、という私の予想とは裏腹に、許斐は私の隣に座った。彼女の制服はなんていうか、黄色い花の匂いがした。
「わかる。この学校、逃げ場が少なすぎる」
「ははっ」
「……何? なんで笑ったの」
「ごめん、おかしかったから笑ったの。自分以外の人の口から、そんなの初めて聞いたから」
「私も初めて言ったかも」
「へえ、それはなんか、嬉しいなあ」
なんか嬉しい。そんな曖昧な感情があるのか、と私は思った。
私の中で感情とは記号に近しいものだった。人間にはそれぞれ感情っていう『喜』『怒』『哀』『楽』ってプラカードが配られていて、場所とかタイミングに合ったカードを出した人が『人間らしい』と高評価をいただける。冗談抜きで、そういうものだと認識していた。そして自分はいつも赤点と、てんで意味のわからないアドバイスをもらう。うるさいな、楽しくもないし悲しくもないんだよ。勝手に私の希薄さを哀れむな。勝手に悲劇の中に閉じ込めるな。私を、見るな。
それは多大な偏見で、穿った解釈で、だからこそ心臓にこびりついて離れない、呪いだった。
「ねえ、潔さん」
「……え?」
潔、それは私の名前だった。
誰にも呼ばれない、別に呼ばれたいとも思ったことのない、私の名前。
「友だちに、なろ?」
あれ、私このとき、どういう気持ちになったんだっけ。一番大きかったのが不安だったことだけ覚えてる。錆び付いた扉にノックをされているような、むなしさに似た感情もあった。
でも、なんか。
「……笹名木さんが……いいなら」
本当になんか、としか言えないんだけど。
私はこのとき、どうしようもなく、嬉しかった気がする。
