俺の親友は格好良い奴だ

(俺は、鈴川さんが好きなんだ)
 涼子への好意を自覚し、遥斗は戸惑っていた。
 授業中も、教師の言葉が耳に入って来ない。おまけに隣に涼子がいるので、どうしても気になってしまう。この日の授業は上の空の遥斗である。
(でも、部活は集中しないと。……もしかしたら女バスが暇な時、鈴川さんも見てくれてるかもしれないし)
 遥斗は部活中、少しでも涼子から格好良いと思われるよう力を入れた。
(そういえば鈴川さん、もっと腰を落とすように言ってたな)
 ふと涼子から言われたことを思い出し、腰を低く落としてみる。すると先程よりも動きやすいように感じた。
(おお! 鈴川さんのアドバイス通りやったら何か上手くいきそう!)
 遥斗は先程よりも更にやる気がアップしていた。

「何か今日の遥斗調子良いね。何かあった?」
 休憩中、汗を拭いていたら智則にそう声をかけられた。
「いや、別にそういうわけじゃねえけど」
 遥斗はペットボトルのスポーツドリンクをゴクリと飲む。いつも以上に喉が渇いていたようで、甘味と酸味のある液体が遥斗の体内にぐんぐん吸収されていく。
 ふと女子バスケットボール部が練習している隣のコートに目を向ける。
(あ、鈴川さん、今パス出ししてるんだ)
 女子の方はシュート練習をしているようで、マネージャーの涼子は選手として所属している部員達にリング近くでボールを投げていた。涼子が真剣な表情であることは、少し離れた位置にいる遥斗でもよく分かった。
(バスケが好きで、部員のことを考えている。鈴川さん、(すげ)えな)
 遥斗は涼子に釘付けになっていた。

 翌日から、遥斗は涼子に積極的に話しかけるようになった。
「おはよう、鈴川さん」
「あ、高坂くん。おはよう」
「鈴川さんって猫好き? 今朝近所の猫のベストショットが撮れたんだけど」
「え? 猫めっちゃ好きだよ。そのベストショット見たい」
 遥斗は自身のスマートフォンを涼子に見せる。すると涼子は目を輝かせて表情を綻ばせた。
「え、めちゃめちゃ可愛いじゃん。良いなあ高坂くん、近所に猫がいて」
 この日は今朝の猫の話から始まった。
 そして別の日は先日見たテレビのこと、また別の日にはSNSで話題になったことなど、遥斗は涼子と話す為の話題をあれこれ考えていた。

 そんなある日の昼休み。
「ん? 高坂、どこ行くんだ?」
「図書室。この前のオリエンテーションの時に図書室で本借りただろ? 返すの忘れてたからさ」
 クラスメイトの男子生徒から聞かれ、そう答える遥斗。
 図書室など高校の施設を紹介してもらったオリエンテーションの時、本を借りる機械の操作を覚えるということで一人一冊図書室で本を借りていたのだ。その返却期限がギリギリになっていた。
 遥斗は足速に図書室へ向かい、返却と書いてある場所に本を置く。
 その時、図書室の本棚の奥の方で、涼子の姿を発見した。
(お、何かツイてるな)
 涼子の姿を見た遥斗は、自然と口角が上がった。
「鈴川さん」
 遥斗が声をかけると、涼子は驚いたようにビクリと肩を震わせた。
「ごめん、鈴川さん。驚かせた」
「いきなりだったからね」
 涼子は本を取り苦笑する。
「その本借りるの?」
「うん。この前のオリエンテーションで借りたやつが思ったより面白くて、その続編」
「へえ。俺、オリエンテーションで借りるだけ借りて読んでない。何なら借りてたことすら忘れて今返しに来た」
「高坂くん駄目じゃん」
 涼子は再び苦笑した。
「いや俺あんま本読まねえし」
「ええ、もったいない」
 涼子の遠慮のない言葉に、思わず笑ってしまう遥斗。
(もしかして、鈴川さんと良い感じだったりする?)
 女子から何度も告白されたことがある遥斗。もしかしたらこのままいけば涼子と付き合うことが出来るかもしれない。そんな期待が生まれていた。
「あのさ、高坂くん……」
 その時、涼子はどこか緊張したような表情になる。瞬きの回数は少し増えているような気がした。
 遥斗はその表情に見覚えがあった。今まで遥斗に告白してきた女子達と同じ表情だったのだ。
(え、これもしかしてマジで期待して良いやつ?)
 遥斗の鼓動が速くなる。期待が大きく膨らんだ。
 しかし、涼子が口から発したのは、遥斗にとって予想外の言葉だった。
「高坂くんってさ、その……男バスの村田くんと仲良いんだよね?」
 確認するような、そんな口調の涼子。
 男子バスケットボール部で村田という名字は智則しかいない。まさかここで智則の名前が出るとは思わなかった遥斗である。
「……まあ、うん。トモとは幼馴染だけど」
「そっか……」
 緊張の中、どこか安心したような涼子。まるで突破口が見つかったかのような表情をしていた。
 まさかとは思った。遥斗は自分の予想が外れて欲しいと思いながら、涼子に聞いてみる。
「もしかしてさ……鈴川さんはトモのこと好きなの?」
 緊張で声が掠れ、震えてしまう。息が浅くなり、先程から目眩がしそうだった。どうか答えがNoであって欲しい。遥斗はそう願っていた。
 しかし、涼子の口からは、残酷な答えが告げられる。
「……うん」
 ほんのりと頬を赤らめて、涼子は首を縦に振ったのだ。
「村田くんってさ、何か物凄く一生懸命バスケやってて、雑用を引き受ける時も嫌な顔一つしないし雑用も一生懸命なのが女バスのコートから見ても分かってさ、何か、良いなって思った。誠実で真っ直ぐで」
 ほんのりと頬を赤く染めながら自身の目で見た智則の姿を語る涼子は、とても綺麗に見えた。
「あ、もちろんまだ村田くんのことあんまり知らないから、他にも色んな面があるんだろうなって思うけど」
 涼子は借りる予定の本をギュッと抱きしめた。
 遥斗は涼子の声がどこか遠くで聞こえるような感覚だった。
「それで……こんなこと高坂くんに頼むのもって思ったけど、迷惑じゃなければ村田くんとの接点を作ってもらえたら嬉しいなって思って……」
 好きな子からのお願いはなるべく聞いてあげたい。しかし、それは好きな人の自分以外への恋路を手伝うことになる。首を縦に振っても横に振っても、遥斗にとって苦しくなることは間違いない。
 遥斗は黙り込むことしか出来なかった。
「……ごめんね高坂くん。変なこと頼んだね。その、村田くんとのことは、自分で何とかするから。あ、このこと、誰にも言わないでね。特に村田くんに今この気持ち知られたら恥ずかしいし」
 涼子は遥斗の沈黙を否定と捉えたらしい。涼子は困ったように苦笑していた。
 それから先のことを、遥斗はあまり覚えていない。気が付いたら、自分のクラスの教室に戻っていた。それ以降、この日の授業は頭に入って来なかった。

 その後、遥斗は涼子と話す頻度を減らした。そこから涼子はどうにかして智則との接点を持ったらしく、二人が一緒に過ごすところをよく見かけるようになった。そして数週間が経過した時、智則と涼子が付き合い始めた。遥斗は二人に「おめでとう」と言いつつ、心にはぽっかりと大きな穴が空いたような感覚になった。
 部活終わり、仲睦まじげに帰っている二人の後ろ姿を眺める遥斗。付き合いたての初々しい様子が、少し離れた場所からでもよく伝わって来る。
 夏を含んだ風が吹き、遥斗の肌を撫でる。快適とも不快とも言い難い、何とも微妙な風だった。
(初恋は叶わないって、本当なんだな。でも、流石は鈴川さんだ。トモを好きになるなんて、見る目がある。トモは、俺の親友は格好良い奴だからさ)
 まだ自分の気持ちに整理は付けられない。しかし、親友である智則と好意を寄せており幸せになって欲しいとも思う涼子。
(いつか二人の幸せを心から願えるようになりたい)
 遥斗は智則と涼子の背中を眺めながら、そう思うのであった。