俺の親友は格好良い奴だ

 五月になり、高校に入学して初めての中間試験が終わった放課後、遥斗のクラスで席替えがあった。
 中間試験から解放されたことと、初めての席替えということで、クラスは少しだけ浮かれているような雰囲気である。
 窓際から二列目の後ろから三番目の席。そこが遥斗の新しい席である。
(ま、席なんてどこでも良いけど。前の方だったら後ろの席の奴が黒板見えないとか文句が出るけど、後ろの方だしそれは少ないだろう)
 そう思いながら、遥斗は荷物を持って新しい席に移動した。いずれこの席にも慣れるだろうと、遥斗は担任からの連絡事項を聞きながらそう思っていた。
 遥斗はチラリと隣の窓際の席に目を向けた。
 ショートカットの女子生徒が荷物をリュックにしまいながら担任の話を聞いている。
(鈴川(すずかわ)さんだったな。確か女バスのマネージャーやってるって情報の時自己紹介スライドで見たような気がする)
 少し前の情報の授業で、自己紹介のスライドを作り発表する時間があった。遥斗はその時のことを思い出したのだ。
 鈴川涼子(りょうこ)。女子バスケットボール部のマネージャー。
(確かに隣の女バスが使ってるコートにいたな、鈴川さん)
 遥斗は何となく今までの部活での記憶を辿っていた。
(ま、あんま関わることはないと思うけど。クラスではせいぜい漢字とか英単語の小テストの採点で隣の席の人と答案用紙を交換する程度だろうし)
 遥斗は再び担任の方に目を向けた。

 数日後。
「はい、じゃあ隣の人と交換して採点して」
 漢字の小テストがあり、担当教師のその声で教室が少しだけ騒つく。紙が擦れる音や、小テストから解放された生徒の声が混ざり合う。
 早速遥斗は隣の席の涼子と答案用紙を交換した。
(字、綺麗だな)
 涼子の答案用紙を見た遥斗はそう感じた。
 そして、黒板に書かれた答えと鈴子の解答を見比べ採点をする。涼子の解答は、黒板の答えと全て一致していた。
(うわ、満点かよ。(すげ)えな)
 遥斗はしばらく涼子の答案用紙を見ていた。
「あの、高坂くん」
 すると隣から芯の通った声が聞こえた。涼子である。
「あ、何?」
 遥斗はハッとして涼子に目を向けた。
「採点終わったから」
 涼子は遥斗の答案用紙を差し出した。
 採点が終わり、教室は再び騒ついていた。結構良い点数が取れて喜ぶ生徒や、逆に悪い点数で落ち込む生徒など、反応は様々である。
「ああ、ありがと」
 遥斗は涼子から答案用紙を受け取った。
「高坂くんって、意外としっかりした字書くんだね」
「何それ? どういう意味?」
 フッと笑う涼子に、遥斗はきょとんとする。そんなことは初めて言われたのだ。
「いや、何かもっとこう、軽い字を書きそうなイメージだったから」
「何それ?」
 思わず遥斗は笑ってしまった。
「いや、よく字に人柄が出るっていうからさ」
 涼子はそう言いながら、教科書を開く。
「ていうか、早く私のやつも返して」
「ああ、(わり)い」
 遥斗は涼子に答案用紙を返した。
 そして、戻って来た自身の答案用紙を見る。小テストがある当日、軽く勉強しただけだったが八割は取れていた。
(まあこんなもんか)
 遥斗はその結果にそこそこ満足していた。そして、先程の涼子の言葉を思い出す。

『高坂くんって、意外としっかりした字書くんだね』
『いや、よく字に人柄が出るっていうからさ』

(俺の字……)
 遥斗はまじまじと自分が書いた字を見る。
 そして、そこから遥斗は涼子に興味を持った。遥斗の胸の奥底から、ゆっくりと何かが湧き出していた。

「おはよう、鈴川さん」
 翌日、遥斗は隣の席の涼子に声をかけた。
「おはよう、高坂くん」
 一限目の準備をしている涼子は普通に挨拶を返してくれる。
 再び一限目の準備に戻る涼子だが、何かを思い出したかのようにもう一度遥斗に目を向けた。
「あ、高坂くん……いや、やっぱ良いや」
 涼子は何かを言いかけてやめた。
「いや待って鈴川さん。何か気になるだろ」
「いや、余計なお世話かなって」
「何? 言ってみ」
「うん……」
 涼子は少し考えた末、口を開く。
「昨日ちょっと暇な時男バスの方見てたんだけど、何というか高坂くんのフォーム、もっと腰を落とした方が良いんじゃないかなって思って」
 遥斗は涼子の言葉に目を丸くした。まさかそう言われるとは思っていなかったのだ。
「あ、ごめんね。選手じゃない部外者が口出しして」
 ほんの少し肩をすくめる涼子。遥斗はそんな涼子に首を横に振った。
「いや、部外者じゃないと思うけど。てか、流石はマネージャーだな」
 すると、涼子は遥斗の答えに安堵したような表情になった。
「てかさ、鈴川さん何で女バスのマネージャーやってんの? 選手にはなろうとしなかったの?」
 遥斗は疑問に思ったことをぶつけてみた。
「中学までは選手としてやってたんだけどさ、中三の春に足首の靭帯損傷してドクターストップかかって」
 涼子は左の足首に触れた。きっと左の足首の靭帯を損傷したのだろう。
「体育とかなら何とか大丈夫なんだけど、本格的に部活やるのは難しくてさ」
 涼子はどこか遠くを見ているようだった。
「マジか。何かごめん」
 初めて知る涼子の事情に、遥斗は何だか申し訳なくなった。
 中学三年生の春。これから中学最後の公式戦を控えている時期のドクターストップ。今までやって来たバスケットボールを突然奪われることは、きっと悔しいだろうなと思った遥斗である。
「気にしないで。選手としてはもう無理だけど、それでもやっぱバスケ好きだからマネージャーとして頑張りたいなって思ってる」
 それは、吹っ切れたような明るい笑顔だった。そんな涼子の笑顔に、遥斗の胸は高鳴った。
(何だこの感覚……!?)
 初めての感覚に、遥斗は戸惑うばかりである。
 その時、予鈴が鳴った。
 教室の騒つきも予鈴により断ち切られ、クラスメイト達は自分の席に戻って行く。
 遥斗は予鈴が鳴ったことで強制的に涼子との会話が終了し、安堵する気持ちと残念に思う気持ちが入り混じる。
(この感覚は、鈴川さんに対して……)
 涼子とは話していて不快感がなかった。もっと話してみたいという気持ちすらある。涼子のことを知りたい、涼子に自分のことを知って欲しい。そんな気持ちが、胸の高鳴りと共に溢れ出す。
 遥斗は自分が涼子にどんな気持ちを抱いているのか、答えはもう出ていた。