恋じゃないふりをして

「ひよりん、それ新しいやつ? 前はつけてなかったよね?」

週明け。学校に行くと、優依がひよりの鞄にぶら下がっているモンスターのぬいぐるみを指差してきた。

「うん。遠足の時にもらって」
「誰に?」
「え、えっと……」

目を泳がせるひよりを見て、優依はにやつく。

「その顔は、彼氏でしょ」
「か、彼氏じゃ……」

言い淀んでいると、教室の出入口から歓声と共に、女子に囲まれた隼人が入ってきた。

「キャーッ!」
「王子!」
「おはよう」

爽やかな王子スマイルで手を振る。国民的アイドルのような人気ぶりだ。

「あんなに愛想振りまいちゃって。ひよりんは嫉妬しないの?」
「嫉妬?」
「自分以外の女子に笑いかけないで、とか、他の女子と話さないで、とか思ったりしない?」
「……どうかな」
「彼女の余裕だねえ」

本当の彼女じゃないからかな。
 それに、あの王子スマイル、無理してるの知ってるから。無理して笑わなくてもいいと思うんだけど。

「王子、そのぬいぐるみ何?」 
「キモカワなんだけど!」 

隼人の鞄にぶらさがっている、ひよりと同じモンスターのぬいぐるみに注目が集まる。
 隼人の横から、あかりが強ばった笑顔で声をかける。

「それ、買ったんだね。ひよりもつけてた」
「え、マジで? 学校にもつけてきてくれたんだ」

隼人は、はにかんでひよりの席に目を向ける。ひよりと目が合い、口角を上げる。ひよりの方に行きかける隼人を、あかりが呼び止める。

「あの、隼人くん」
「そうだ。アドバイス、ありがとな。おかげで喜んでもらえたよ」
「ひより、喜んでたの?」
「さすが、“妹”だな」

明らかに妹を強調して、隼人はひよりの席へ向かった。

「妹って……」

あかりの頬がぴくりと引きつる。隼人と笑い合うひよりを睨みつけ、教室を出て行った。


「おい、あのかわいい子誰だ?」
「知らねえの? 1年3組の双葉あかり。彼氏いないらしいぜ」
 
朝練の片づけをしているサッカー部員たちが、グラウンドの隅に立っているあかりを見てにやけている。

「双葉あかりって、双子なんだろ? 姉の方は地味らしいけど、あの鵜野森と付き合ってるって」
「噂になってるよな。そういえば若松、双葉姉妹と鵜野森と同じクラスだよな?」
「まあ、うん」
 
誠はコーンを片付けながら頷く。

「誠くーん!」

あかりが笑顔で誠に手招きをする。
 部員たちの鋭い視線が一斉に誠に集まる。

「若松、おまえどういう関係だよ!」
「ただの幼馴染だけど」
「羨ましすぎる!」
「紹介しろ!」
「……うるせえ」

誠はコーンを他の部員に押し付けて、あかりの方へ駆けて行った。

「誠くん、部活終わった?」
「終わったけど。どうしたんだよ。わざわざ来るなんて」
「ちょっと、ひよりのことで話したくて」

あかりは声を落として眉を下げた。

『協力してあげようか』
 
遠足の時、あかりに言われた言葉が誠の脳裏に蘇る。
 
「ひよりのことで、協力してもらう必要ないから」
「違うの。その話じゃなくて。私、ひよりのことが心配で」
「何が?」
「隼人くんと付き合うようになって、変わったっていうか。私にもお父さんとお母さんにも、冷たい態度とるようになって」
「ひよりが?」
「うん。それに、隼人くんとひより、なんか違和感ない? 無理に付き合ってるみたいな感じがして」
「何が言いたいんだよ」
「ひより、何か隠してるんじゃないかな。私たちに言えないことがあって、苦しんでる、とか」
「……あいつのせいか?」

誠は拳を握りしめる。
 あかりはその手を取り、潤んだ瞳で誠を見上げる。

「お願い、誠くん。ひよりを助けてあげて。妹の私じゃ、力不足で……」

誠はあかりの手をほどき、眉間に深く皺を刻む。

「話してみる」
「ありがとう。誠くん」

あかりは三日月形に目を細めて微笑んだ。


 昼休みに入ってすぐ、隼人がひよりの前に掌を出してきた。
 
「この手は何?」
「何って、弁当だよ。作ってくれる約束だろ」
「自分から言う? ……作ってきたけどさ」

鞄から弁当の入った巾着袋を出して隼人に渡す。

「やった」

隼人は子どものように無邪気な笑顔で袋を受け取る。

 中身も見てないのに、そんなに喜ぶなんて。
 大きな子どもみたい。

「鵜野森くん、愛妻弁当じゃん。いいなあ」
「いいだろ」
「愛妻じゃないから!」
 
優依に茶化され、顔を赤くして立ち上がるひよりに、隼人はこそっと耳打ちをした。

「部室行こう」

低い囁き声が鼓膜を震わす。
 ひよりは熱くなった耳を押さえ、自分の弁当箱を持って教室を出て行った。

「ひより」

廊下に出てすぐ誠に呼び止められ、振り向く。

「誠?」
「話がある」

神妙な面持ちの誠に真っすぐ見つめられる。

「今? お弁当食べてからじゃ」
「すぐすむから」

誠はひよりの言葉を遮り、ひよりの手を掴む。

「ちょっと待てよ。人の彼女勝手に連れて行くな」
「勝手じゃない。ひより、いいよな」
「あ、うん。すぐすむなら。ごめん、先に食べてて」
「おい、ひより!」

隼人の制止を聞かず、誠はひよりの手を引いて早足で廊下の奥に消えていった。

「くそっ。あの野郎、たかが幼馴染のくせに。それに、ひよりのやつ、彼女の自覚全然ないだろ。彼氏より他の男優先させやがって」

ぶつぶつ不満を漏らしながら、誠とひよりの後を追いかけた。


 人けのない体育館裏に来て、ようやく誠はひよりの手を離した。

「話って何? こんなとこまで来て」
「あいつのことだよ」
「あいつって、隼人のこと?」

隼人の名前に、誠の表情が曇る。

「本当に付き合ってるのか?」
「まだ疑ってるの? 本当だってば」

付き合ってるふり、なんだけど。言えないことが心苦しい。

「あいつのこと、本当に好きなのかよ」

刺々しい声がひよりの胸に突き刺さる。

 好きなわけない。
 好きにならないことが、ニセ彼女の条件なんだから。
 あいつのことなんか別に、なんとも思ってない。
 ……なんとも。
 けど、ちゃんと彼女のふりしなきゃ。
 
「う、うん」

ひよりは目を伏せて頷く。誠はひよりの両肩に手を置き、真剣な眼差しで見つめた。
 
「本当なのか」
「えっと……」
 
真剣な眼差しで射抜かれ、ひよりは言葉に詰まる。

「あいつ、ひよりのこと弄んでるだけだろ」
「そんなことないよ」
「じゃあ、何であいつといる時、いつも困った顔してんだよ」
「え?」
「手引っ張られて、抱き寄せられて。嫌がってる時もあるだろ」
「それは……」
「ひよりがあんな男、自分から好きになると思えない」

誠の言葉が突き刺さる。本当のことを言えない苦しさで胸が痛む。
 
「あいつに無理やり付き合わされてるんじゃないのか」
「そんなことない!」

思わず即答してしまった。
 誠がひよりの肩から手を離し、ため息をつく。
 
「そうは思えないけど」
「隼人のこと、誤解してるよ」
「ひよりは、あいつのこと本気なのか? 他の女子に愛想ふりまいてるようなやつだぞ。その内、裏切られるかもしれない。それでもいいのかよ」
「隼人は、そんな人じゃない」 
「そんなの分かんねえだろ。まだ会ったばっかなのに。……あんなやつ、やめとけよ」
「何で、そんなこと言うの」
「ひよりのことが心配なんだよ。あんなやつのせいで、傷ついてほしくない。だったらいっそ……」

誠は口を閉ざし、真剣な表情でひよりの瞳を見据える。
 
「俺にしとけよ」
「……っ!」
 
ひよりは息を呑んで目を見開く。

「俺は絶対に裏切らない。俺にはひよりしか見えてないから」

ひよりの胸が大きく跳ね上がる。
 
 こ、これって、もしかして、もしかしなくても、こ、こ、こ、告白⁉
 
「おいおい、何勝手なことしてんのかなあ、若松くん」

突然、ひきつった笑顔の隼人が現れ、ひよりと誠の間に割って入ってきた。

 隼人! 何でここに?!

「鵜野森、ひよりのこと本気じゃないんだろ。俺は本気だ。ずっと前から」

誠、本当に私のこと……。

「だったら、とっとと告白すればよかっただろ。俺みたいに」

あんたは告白してないでしょ!
 ニセ王子の顔になってるし。
 何でそんなにどや顔してんのよ。

「う、うるせえ。ひよりのこと弄びやがって。本気じゃないやつに言われたくねえよ」
「さっきから決めつけてるけどさ」

隼人の目に鋭い光が宿る。

「俺、ひよりのこと本気で好きだから」

す、好き!? 
 本気なわけない。”ふり”だって分かってる。
 なのに、何でこんなに顔が熱くなるの!
 心臓もうるさい!
 
「それに、ひよりも俺のこと本気だから。な、ひより」
「へ? わ、私も?」
「自分の口から言うのは恥ずかしいよな」

隼人はひよりの肩に手を回し、誠に冷たい視線を送る。
 
「てことだから、これ以上ひよりに近づくな」
「なっ……!」

絶句する誠に見せつけるように、隼人はひよりをきつく抱き寄せ、大股で部室に向かった。

 この光景を、木の陰に隠れて覗いていたあかりは顔をしかめた。

「隼人くんが本気だなんて、信じられない」

あかりは足音を立てないようその場を離れ、隼人とひよりの背中を追いかけた。

 
 校舎の中に入ると、隼人とひよりは美術室や音楽室などがある1階の奥まで歩いていく。
 途中、ひよりが隼人の腕を叩いて引きはがそうとするが、隼人はひよりの肩から腕をどかさない。

「やっぱり、あやしい。本気で好きならあんなに嫌がらないはず」

尾行していたあかりは疑いの眼差しを2人に向ける。
 美術室と準備室に挟まれるようにして並んでいる扉を開けて、隼人とひよりは中に入った。

「何ここ。……民俗学研究部(仮)?」

あかりは気づかれないよう、扉を少しだけ開ける。
 長机とパイプ椅子、ホワイトボードだけで埋まっている狭い部屋で、ひよりと隼人が向かい合わせに座って弁当を広げている。

「2人でこっそり部活もやってるの? ……許せない。ひよりのくせに」

笑い合う2人を見て、あかりはスマホを握る手に力を込めた。そして、隼人とひより、扉に貼られている部活名が書かれた紙を撮影する。
 不敵な笑みを浮かべ、そっとその場を離れた。

「うまっ」

卵焼きを頬張りながら隼人が目を丸くする。

「ほんと? ならよかった」
「明日から毎日な」
「毎日?! 何でよ」
「ペナルティ」
「何それ」
「俺の彼女のくせに、他のやつに告られやがって」
「だ、だって、誠がまさかあんな……」
 
ひよりの顔が耳まで赤くなる。
 
「鈍すぎるんだよ。しかも彼氏置いてあいつについていくとか。とんだ彼女だな」

隼人にねちねち責められ、ひよりはだんだん苛ついてくる。箸でウィンナーを刺して口に放り込んだ。

「彼女のふりしてあげてるのに、文句ばっかり。私はあんたみたいに、簡単に嘘つけないから。何が、本気で好き、よ」
「仕方ないだろ。疑われてたんだから。これ以上疑われないよう彼女のふり、本気でやれ」
「本気で彼女のふりするって、どういうこと?」

隼人は立ち上がり、ひよりの方に一歩近づく。
 
「俺より他の男を優先するな」
「え?」

また一歩近づいて、ひよりの隣に立つ。
 
「他の男に、簡単に触らせんな」
「は?」

ひよりの顎に手を添え、引き締まった表情でひよりの瞳を見つめる。
 
「……俺の傍にいて、俺だけを見てろ」

隼人の揺らがない瞳に射抜かれ、ひよりの胸がきゅっと締め付けられる。
 
 ふり、なのに。
 何でそんな真剣な顔するの……。

「本物っぽく見せるためだ。彼女の条件、追加な」

顎から手を離し、ふっと口元を緩める。

「それ、条件っていうか束縛じゃん!」
「疑われないためだって」
「隼人の方ばっかりずるい。私も条件追加する」
「何だよ」
「部活、本気で復活させたい」
「人数集めたいんだっけ?」
「うん。地道でもいいから、民俗学研究部の活動内容を学校に広めて、本当に興味のある人たちを見つけて一緒に活動したい」
「でも、俺が入ってるって知られない方がいいだろ」
「だって、隼人目当ての人たちばっか来ても困るし」
「ははっ」
 
隼人はにやけ顔で頬をかく。
 
「何で笑うのよ」
「さっきから、隼人って呼んでるから」
「だ、だって、呼べっていうから」
「ちょっとは彼女の自覚、出てきたみたいだな」
「ニセの彼女、だから。公平な契約なんでしょ。ちゃんと私の願いも叶えてよね」
「分かってるって」

隼人はふっと自然な笑みを浮かべる。
 ひよりの胸の奥に小さな”期待”の光が灯る。
 
 今度こそ……。

 口に出したら叶わなくなりそうで、胸の中に願いを静かにしまい込んだ。

 その日の夜——。
 あかりは暗い部屋の中で、スマホに目を落としてにんまりとほくそ笑んだ。
 匿名投稿アプリの画面には、「民俗学研究部(仮)」の張り紙と、その奥にいる隼人の姿が写っている。
 そして。

 『王子、部活入ってるらしいよ』

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「明日が楽しみ」

あかりはスマホを枕元に置いて眠りについた。