恋じゃないふりをして

「いただきまーす」

隼人がビッグサイズのハンバーガーにかじりつく。
 トレイには同じものが三つと山盛りのポテト。見てるだけでお腹いっぱいになりそう。

「ひより、それだけ?」
「それだけって……」
 
チーズバーガーとポテトにジュース。一般的なランチセットなんだけど。
 
「あんたが食べすぎなの」
「これぐらい普通だって」

隼人がポテトを数本まとめて口に放り込む。
 周囲を見回すと、隼人にちらちら視線が集まっている。
 
 すっごく居づらいし、食べづらい。
 ついてこなきゃよかった……。
 
 神社を出たあと、「賽銭のお礼」と誘われて駅近くの大型ショッピングモールまで来た。 
 5円と500円じゃ割に合わない気もするけど、そこはお言葉に甘えるとして。
 けど忘れていた。こいつは、どこにいても目立つということを……。
 
「あの人、イケメンすぎない?」
「一緒にいる子、彼女じゃないよね?」
「まさか。地味すぎて似合ってない」

嘲笑う声がどこからか聞こえてくる。

 人を見た目で判断するな!
 服装も髪型も、自分に合うようにしてるんだから。

 ふとガラス窓に映る自分の姿に目を向ける。
 
 ガラスに映る私は、ポニーテールにパーカー、ジーンズ、スニーカー。
 対して隼人は、爽やかな私服姿まで完璧な“王子”。
 
 むかつくけど、確かにこのキラキラ王子とは釣り合ってない。
 本当だったら一生関わることなんてない人種なのに。

 チーズバーガーを持つ手に力が入る。
  
「食わねえならもらうぞ」

隼人がひよりのチーズバーガーにかじりつく。

「あっ! 勝手に食べないでよ!」
「食わないのが悪い。深刻な顔して何考えてんだよ」
「……別に」

眉間に皺を寄せてかじられたチーズバーガーを食べる。

「あっそ。なあ、このあと予定ある?」
「帰る」
「服買いたいんだけど、付き合ってよ」
「いや。ひとりで行って」
「彼女なんだから選んでよ」
「ふり、だから! ていうか、私と行っても楽しくないでしょ」
「何で?」
「……私とあんたじゃ、釣り合わない」
「誰がそんなこと言ったんだよ」

少し低い隼人の声に、ひよりの顔が強張る。

「だってそうでしょ。あんたの知り合いにだって疑われたんだから」
「そんなの気にしなきゃいいだろ」
「気にするよ!」

 ガタンッ!
 
 ひよりは思わず立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れる。
 周囲の視線が集まる。
 
「私じゃ、隼人と付き合ってるなんて思ってもらえない。彼女のふりなんて意味ないよ」

ひよりはトレイを持ち上げ、隼人に背を向ける。

「待てよ」

隼人に肩を掴まれるが、ひよりはムッとした顔で振り向く。

「何よ」

意地の悪い笑みを浮かべた隼人が、耳元で囁く。

「だったら本物の彼女に見えるようにすればいい」
「は?」

隼人はひよりの手からトレイを奪い、ひよりの腰に手を回す。
 
「ひより、仲良く買い物しような」

至近距離で満面の王子スマイルを向けられ、ひよりは眩しさに目を背けた。

「あの子、彼女だったの?」
「ショック……」

周囲の声が遠くなる。
 腰に添えられた隼人の腕が気になって仕方ない。
 くすぐったいような、緊張するような感覚に落ち着かない。
 
 フードコートを抜けたところで隼人は腕を離した。
 ようやく解放され、ひよりはふうっと息を吐き出した。

「もう! 勝手なことしないで」
「ひよりがアホな心配してるからだろ」
「アホって何よ」
「他のやつらの見る目がないだけだろ。俺が彼女だって言ってるのに、疑う方がおかしいんだよ」

ひよりは唖然としてぽかんと口を開ける。

 自己肯定感の塊だ。
 私とは根本から違う。
 
「堂々としてろ。おまえは俺の彼女なんだから」

隼人はふっと自然に微笑む。
 ひよりは目を見開く。
 すぐにはっとして目を逸らした。
 
「……ニセの彼女、だから」
「でも、本物のふりしてくれないと困る。ということで」

隼人はメンズファッションの店舗の前で足を止める。

「ひよりが彼女っぽくできるように、買い物デートで練習しよう」
「買い物デート!?」
「そ。俺の服選んでよ、彼女さん」
「えー……」

店に並ぶ服を見る。
 何が隼人に似合うのかなんて分からない。

「分かりやすく嫌そうな顔だな。これも契約の内ってことで」
「そんなの聞いてないっ!」
 
隼人に背中を押され、渋々店の中へ入る。

「なあ、これとこれ、どっちがいい?」

隼人が手近なTシャツを2枚取って見せてくる。

「どっちでもいい」
「面倒くさがるなよ」
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味だよ」

隼人は眉を下げてシャツを戻す。

「……どっちも似合ってたから」
「えっ……」
 
隼人の手が止まる。
 もう一度シャツを手に取った。

「じゃあ、買う」
「両方買うの?」
「ひよりが似合うって言ってくれたから」

隼人のはにかんだ笑顔に、ひよりの胸がきゅっと締め付けられる。
 
 笑っただけなのに。
 何でこんな……。

 ひよりは目を落とし、胸元を押さえる。

「ひよりの服、選んでやるよ」

会計を終えた隼人が、向かいのレディース店に入る。

「私のはいいよ」
「遠慮すんなって」
「遠慮じゃないから」

隼人が店内を見回し、スカイブルーのシンプルなシャツワンピースをひよりにあてる。
 
「これ、似合いそう」
「ワンピースなんて普段着ないんだけど」

鏡の前であててみる。

 思ったよりも悪くない。
 隼人の隣に並べば、少しは彼女らしく見えるかも。
 でも……。
 これは、私らしくない。
 
 静かに元の場所に戻す。

「気に入らない?」
「うん」
「似合ってたのに」
「私の趣味じゃない。彼氏なら彼女のこと分かってくれないと」
「……言うじゃん」

隼人が薄笑いを浮かべる。
 ひよりの背筋がぞくりと震えた。


「はあー。疲れた……」

むきになった隼人にモール内を連れ回され、帰宅した頃には5時を過ぎていた。
 結局ひよりの服は見つからず、隼人は悔しそうな顔をしていた。

「おかえり、ひより」
「ただいま」

玄関を開けると、リビングからちょうどあかりが出てきた。

「どこ行ってたの?」
「……部活」
「そう。隼人くん、何の部活入るか知ってる?」

同じ部活だけど、あかりには言いたくない。
 
「さあ?」
「聞いてないの? じゃあさ、隼人くんの趣味とか、好きな食べ物とかは?」
「知らない」

あかりが怪訝な顔で眉を寄せる。

「彼女なのに、何も知らないんだ。ひより、本当に彼女なの?」

まただ。あかりにも疑われてる。

「あかりには関係ない」
「関係あるよ。……ひよりのことが心配なの」
「心配?」
「みんな、ひよりのこと悪く言ってるよ」
「え?」
「隼人くんがひよりに騙されてるんじゃないかって」
「何それ。あかりもそう思ってるの?」

あかりはわずかに眉を寄せ、小首を傾げる。

「だって、隼人くんがひよりを好きになる理由も、ひよりが隼人くんを好きになる理由も分かんない」

刺々しい口調で問い詰められ、ひよりは怯みそうになる。

 私も隼人も、お互い好きじゃない。ただのふり。
 なのに——。
 
『堂々としてろ。おまえは俺の彼女なんだから』
 
隼人の顔が思い浮かぶ。ひよりは背筋を伸ばし、あかりをじっと見据えた。

「だから何? 私はあいつの……隼人の彼女だから」

あかりの眉がぴくりと動く。

「それ、本当なの?」
「そうだよ」
「何でひよりが……。私の方が隼人くんの彼女にふさわしいのに」

悔しそうに唇を噛み締める。

「嫉妬してんの?」
「なっ……!」

あかりの顔が赤くなる。
 ひよりは鼻で笑って口角を上げた。

「隼人は私にぞっこんだから」
「そ、そんな……」

あかりの大きな瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちる。

「ひどいよ、ひより!」
 
あかりの悲痛な声が響く。それを聞きつけた母が、リビングから廊下に飛び出してきた。

「あかり、どうしたの?」
「ママ……。ひよりが……」

あかりは涙をこぼしながら母に抱き着く。

「ひより。あかりに何したの」

母のきつい声が飛んでくる。

「何もしてない」
「そんなわけないでしょ。あかりは優しくていい子なのに、あんたって子は」
「だから私は何も……」
「言い訳ばっかり。ほんと、可愛げがない。あかりを見習いなさい」

出た。お母さんの口ぐせ。
 いつもこれだ。

「もういい」
 
部屋に戻って力任せに扉を閉める。
 ベッドにダイブして枕に顔をうずめる。
 
 昔から、欲しいものもやりたいことも、いつだってあかりが優先。
 本当は高校だって別々がよかった。
 それでもここを選んだのは、民俗学研究部があったから。
 
 思い描いていた形とは違うけど、やりたかったフィールドワークができた。
 隼人と一緒に。

 ひよりは仰向けに寝転がり、スマホで撮影した画像をスワイプする。
 狛犬、鳥居、社。
 手水舎の龍の画像に、隼人の手が映っている。
 他の画像にもところどころ隼人が見切れている。
 
「気づかなかった」

ポン。

 軽い通知音が鳴る。連絡アプリを開くと、隼人から画像が送られてきたところだった。
 桜のモニュメントの前で並んでいる隼人とひよりの画像だ。

 モールを出る前、隼人にフォトスポットへ連れていかれた。

「ひよりも一緒に映るんだよ」
「えー」
「笑えよ。3、2、1」

カシャッ。

 ひよりの顔は歪み、隼人は完璧な王子スマイル。
 
「顔面偏差値の格差が……」
 
【ニセ王子:すごい顔。だから笑えって言っただろ】

いつもの猫が小馬鹿にした顔でぷぷっと笑っているスタンプが続けて送られてくる。

「この猫、むかつく」

そしてまた画像が届く。
 狛犬の横で楽しげに笑うひよりが映っている。

 ……私、こんな顔してたんだ。
 
「消してって言ったのに」

【ニセ王子:ちゃんと笑えるじゃん】

「余計なお世話」

ひよりは緩みそうになる口元を引き結ぶ。

【ニセ王子:今日は楽しかった】

……楽しかった、か。
 私も、楽しかった、のかな。

笑顔の自分の写真をぼうっと見つめる。
 そこに新しいトークが届く。
 
【ニセ王子:でも服選べなかったの悔しいから、リベンジデートしよう】

「しない!」

くまのぬいぐるみが、怒った顔でバツ印を作っているスタンプを送る。

「リベンジデートって何よ」

そう言いながら、ひよりは文字を打ち込む。
 
【ひより:フィールドワークならまた行ってもいいけど】

送信ボタンに手をかけるが、ためらう。

 ポン。 
 しゅんと丸まって落ち込んでいる猫のスタンプが届く。
 
「わっ……!」

通知音にびくついて送信ボタンを押してしまった。

「しまった」

すぐに既読がついて、目を輝かせている猫のスタンプが送られてきた。

「ぷっ。そんなに喜ばなくても」

自然と笑みがこぼれる。
 緩んだ頬に手を添え、スマホを胸の上に置いて目を閉じた。


 ソファに座ってティッシュで目尻を拭うあかりの頭を、母が優しく撫でる。 
 
「ひよりには困ったものね」
「あんまり怒らないであげて」
「あかりは優しいわね。ご飯できたら呼ぶから」
「うん」

母が去ると、あかりはティッシュをテーブルに放る。

「ひよりのやつ、生意気」

 ピロン。

 クラスメイトの陽菜からトークが届いた。

【陽菜:やっぱり、王子と地味子付き合ってた! ショック!】

「やっぱりって……」

続いて送られてきた画像を見て、あかりの表情が固まった。

 ショッピングモールで並んで歩くひよりと隼人。 
 ひよりは困った顔をしているが、隼人は自然な笑顔でどことなく楽しそうだ。

「部活って言ってたのに。何で隠したの」

あかりは画像の中で隼人の隣を歩くひよりを見つめる。
スマホを握る指に、ぎゅっと力がこもった。

「……ひよりのくせに」