「はあー。怖かったあ。妖怪のクオリティは高かったけど……」
お化け屋敷を出てからひよりは近くのベンチに座り込んだ。
「最後、凄かったな。まさかあんなものが出てくるなんて」
「言わないで! 思い出したらまた怖くなる!」
「ほんと、びびりだよな。なあ、そろそろ昼飯食いに行かね? 腹減った」
「そうだね。もうすぐ1時だ」
「明治・大正エリアのとこ、ひよりが好きそうなレトロな洋食店あるみたいだけど、行くか?」
「行く!」
ひよりは立ち上がり、隼人は自然に手を繋いで歩き出した。
また、手繋ぐんだ。
そういえば、彼女に見えるための練習だった。
お化け屋敷でも手繋いでくれたのって、練習のためだったのかな……。
明治・大正期の洋風でモダンな建造物やレストラン、レトロな雰囲気の土産物屋などの店が軒を連ねている。
街中に路面電車の線路が通っている。実際に電車が走っていて、アトラクションの1つとして乗れるようだ。
停車駅の前で、マイクを持ったリポーターがカメラに向かって何やら話している。
「テレビの取材かな?」
「プレオープンだからな。鵜野森グループの広報とか報道陣が多いんだ。あとは俺たちみたいな鵜野森グループ内の招待客だけ」
「鵜野森グループってやっぱ凄いね。隼人がその御曹司だなんて、信じられない」
「何でだよ」
「だって、けっこう庶民派だよね? お昼はコンビニのパンだし、服はブランドってわけでもないし。普通に電車使ってるし」
「おまえの中の御曹司のイメージって何なんだよ」
「〇こちゃんの花〇くんとか?」
「非現実的だって。おじいちゃん執事が車運転して、学校まで送迎なんかしねえよ」
「そういうものなんだ。でも、家政婦いるって言ってなかった?」
「それはいるだろ。母親は家事なんてしないし、お袋の味とか知らねえし」
そういえば前に、お母さんはお弁当作らないのか聞いたら、作るわけないって言ってた気がする。
じゃあ、隼人はいつも家政婦さんが作ったご飯食べてるのかな。誰と食べてるんだろう。
1人、とか?
辺りを見回す隼人を見上げる。
「ひより、あそこどうだ?」
向かいのレンガ造りの洋食店を指さす。
「あっ、うん。いいね」
隼人と店内に入ると、香ばしいコーヒーの香りと卵の焼けるおいしそうな匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
着物の上に白エプロン姿の若い女性店員が愛想の良い笑顔を浮かべる。隼人を見て一瞬目を見開き、頬を桃色に染める。
「2人です」
隼人が王子スマイルで答えると、店員はとろけた顔で席に案内した。
制服も大正ロマンって感じ! かわいいな。
でも、あの人、隼人に見惚れすぎだよ。
一応、彼女いるんですけど。
恋人っぽくないのかな。
ひよりは考え込みながら紅色のソファに腰掛かけ、メニューを手に取った。
御品書と書かれた一枚の用紙の片側には、オムレツ、サンドウィッチ、ライスカレー、ビフテキなどのメニューが載っており、もう一方にはコーヒー、紅茶のドリンクメニューが書いてある。
当時のメニューを再現していて、ここでもテンションが上がる。さっきの考え事は消し飛び、メニューのことで頭がいっぱいになる。
「メニューもレトロ! 再現してる感じがたまらない! 何にしようかな~」
「俺、サンドウィッチとビフテキにしようかな」
「2つも食べるの?」
「いいだろ。腹減ってんだから」
「そんなに食べるのに、よく太らないね」
「そういう体質」
「あっそ。私はオムレツと紅茶にしようかな」
隼人が手を挙げて店員を呼ぶと、さっきの女性店員が注文を取りに来た。ひよりの方は見向きもせず、熱い視線を隼人に送りながら注文表にメモを取って名残惜しそうに去っていった。
露骨すぎない?
隼人、嫌じゃないのかな?
隼人をちらっと見ると、何事もないように水を飲んでいる。
隼人にとってはああいうのが日常なんだろうな。
イケメンってだけで他人からじっと見られて、勝手に好きになられて、大変そう。
……だから、自分のことを好きにならなそうな私がよかったんだ。
もし、隼人のこと好きになったら、今の関係は終わるのかな……。
「ひより? 何ぼうっとしてんだよ。そんなに疲れたか?」
ひよりは瞬きを繰り返して、曖昧に返事をした。
「ああ、うん、ちょっと疲れたかな」
「そりゃ疲れるだろ。朝からずっとハイテンションだったからな。ゆっくり飯食って、路面電車でも乗って街を眺めたらいいんじゃね?」
「それいいね。隼人も私のこと、ちょっとは分かってきたんじゃない?」
「上から目線だな。ちょっとどころじゃないな。だいぶ分かってきたよ。その服だって俺が選んだし、このテーマパークに行くことだって俺が持ちかけたし、この店に入るのも俺が決めたけど、全部ひよりの好みだろ?」
隼人は指折り数えて、ドヤ顔をした。
「……確かに。本当の彼氏みたいじゃん」
「本当の恋人に見えるようになってきたかもな。あとは」
向かいに座っていたのに、隼人はわざわざひよりの隣に移動し、肩が触れるほど近くに座った。
「何でこっち来たの? 狭いんだけど」
「こうやって座った方が仲良さげに見えるだろ。あ、来たぞ」
女性店員が注文した商品を銀色のお盆に乗せて運んできた。ひよりと並んで座る隼人を見て、笑顔が固まる。
「……お待たせしました」
頬をひきつらせて湯気の立つ皿を置く。ひよりは刺々しい視線を感じ、目を合わすことができなかった。
「ごゆっくりどうぞ」
固い口調の店員に、隼人が王子スマイルを向ける。
「ありがとうございます」
店員は赤く染まった顔を隠すようにお盆で顔半分を覆いながら店の奥へ消えた。
「よく誰にでも王子スマイルできるね」
ひよりはスマホでオムレツを撮影しながらぽつりと溢した。
「もしかして、嫉妬してる?」
隼人がいたずらっぽく笑う。
「嫉妬なんか、してない!」
してないはずなのに、何故か胸の奥がざらつく。
「ふーん。してないんだ。……残念」
「何で残念なのよ」
「嫉妬するってことは、彼女の自覚でてきたってことだろ? それに、少しは俺に興味持ってくれてるってことじゃん」
「……興味ないわけじゃないよ」
「え?」
「だって、ニセだけど彼氏でしょ。他の男子よりは興味あるよ」
「若松くんより?」
真剣な瞳で射貫かれ、ひよりは視線を逸らしてオムレツをスプーンですくいながら小声で答えた。
「……今は、そうかも」
隼人は緩みそうになる口元を手の甲で隠し、サンドウィッチを頬張った。
隼人の中で、ひよりの存在がどんどん大きくなっている。今まで気付かない振りをしてきたが、これ以上目を背け続けることが苦しくなってきた。
笑ってる顔、無邪気にはしゃぐ姿をもっと見たい。
全部、自分だけに見せてほしい。
誰にも見せたくない。
ひよりには、自分だけを見てほしい。
ずっと隣にいてほしい。
どろどろの独占欲が胸の中に渦巻く。
こんな想いをひよりに知られたくない。
知られたら、この関係は終わる。
隼人は胸元を鷲掴みにし、ビフテキにかじりついた。
店を出て、路面電車の停車場に向かっていると、広報の腕章をつけた男性スタッフに声をかけられた。
「すみません、ちょっとお時間よろしいですか?」
「はい?」
ひよりが首を傾げて、男性の周りに目を向ける。首から一眼レフを下げた男性と、ボイスレコーダーを持った女性が立っている。
「我々広報の者で、皆さんにパークの感想を聞いて社内の広報記事に掲載する予定でして。よろしければ感想と写真を1枚撮らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ひよりがいいなら」
「いいよ。プレオープンに来させてもらったんだからこれぐらい」
「ありがとうございます! お2人は高校生ですか? 初々しいカップルですね」
愛想の良い顔で言われ、ひよりは戸惑いながらもカップルに見られたことが少し嬉しくなる。
「では、いくつか質問させてください。一番楽しかったエリアはどこですか?」
女性にボイスレコーダーを向けられる。隼人に目配せをされ、ひよりは緊張気味に答えた。
「一番を決めるのは難しいほど、どのエリアも素敵でした」
江戸エリアやアトラクションエリアでのお化け屋敷のことなどを話す内に緊張は解け、その後も質問をされるたびに淀みなく語った。
「ありがとうございました! とっても参考になりました。最後に写真だけ、いいですか? お2人とも笑顔でカメラを見て下さい」
男性が言うと同時に、一眼レフの男性がカメラを構える。
隼人がひよりの肩を抱いて整った笑顔をカメラに向ける。ひよりは顔を赤くしながらも頑張って笑顔を作った。
広報の人達と別れ、ひよりは息を吐き出し、緊張を解した。
「はあー。びっくりした。インタビューなんて初めて受けたよ」
「そのわりにかなり喋ってたけどな」
「つい止まらなくなっちゃって」
ふと、土産物屋のショウインドウが目に入る。大正・明治期で使われていた食器や万年筆のレプリカが並んでいて、ひよりは足を止めて眺めた。
「こんなの使ってみたいな。高すぎて買えないけど」
「似たようなのうちにあったな」
「うそっ! さすが鵜野森グループ……」
「今度うちに見に来るか?」
「いいの? 見たい!」
こんなことで目を輝かせるひよりがおかしくて、隼人は思わず吹き出した。
「ぷはっ。そんなにうちに来たいのか?」
「えっ! だって見せてくれるって言うから!」
慌てるひよりがおもしろくて、隼人はつい頭をぽんぽんと撫でた。
「はいはい。分かってるって」
触れられた頭が熱い。
頬も耳も赤くなる。
ひよりは隼人の手をどかし、顔を見られないようにそっぽを向く。
いつものように触れようとして、隼人の手が途中で止まった。
さっきまでは何も考えずに触れられたのに。
今は、その意味を意識してしまう。
「私、お土産屋さん見てくる」
ひよりは逃げるように店内へ入っていった。
隼人はショウインドウから見えるひよりの姿を目で追いかける。
無自覚に押し殺していたひよりへの想いが込み上げる。もう無視できない。
自覚しないわけにはいかなかった。
「俺、ひよりのこと……」
それ以上口にするとニセモノの関係が壊れそうで、隼人は口を閉じた。
その後も閉園までパークの世界観に没入し、ひよりは満足そうに隼人と家路についた。
その日の夜。
隼人はベッドの中で、スマホのフォトフォルダーに保存しているひよりの画像を、締まりのない顔で眺めた。
楽しそうに建物を眺めるひより。
無邪気な顔で妖怪のモニュメントを見つめるひより。
そして、妖怪のことを語るひよりの動画。
『いるんだったら会ってみたい』
そこで一時停止をする。微笑むひよりが画面いっぱいに映る。隼人は指でひよりの顔を撫でる。
「……かわいい」
つい口からこぼれ出る。
隼人は深く息を吐き出し、腕で目元を隠す。
「やばいな、これ」
その頃。
隼人の父・鵜野森正蔵は、広々としたリビングでワインを片手にスマホを操作していた。
そこへ、秘書の上溝に肩を支えられながら酔っ払った隼人の母・麗香が帰ってきて、リビングのソファに横になった。
「あー、飲み過ぎちゃった」
上溝は、呆れ顔の正蔵に丁寧に頭を下げた。
「社長、ただいま戻りました」
「ご苦労。帰っていいぞ」
「はい」
上溝のスーツの胸元にあるスマホが小さく震える。
「失礼いたします」
背を向けてスマホを確認した上溝の眉がぴくりと動く。すぐに、正蔵に画面を見せた。
「社長、JHPのプレオープンに関する社内広報のネット記事なのですが」
画面には、インタビューに応じている隼人とひよりの写真が大きく掲載されている。正蔵の顔が歪む。
「高校生カップルだと?」
いつの間にか起き上がっていた麗香が、正蔵の肩に手を置いて画面を覗き込んで真っ赤な唇の端を吊り上げた。
「あら、あの子、こんな地味で普通な子と付き合ってるの?」
正蔵は麗香の腕を払いのけ、ワインをテーブルに置いて立ち上がる。
「上溝、この女のことを調べろ」
「はっ」
上溝は一礼してリビングから出ていった。
「調べてどうするつもりよ?」
「別れさせる。あいつには跡取りの自覚がない。とっとと鵜野森の嫁にふさわしい令嬢と婚約をさせる」
麗香の笑みが消える。
「……また、そうやって決めるの?」
「何?」
「本人の気持ちなんて関係なく」
正蔵が眉を寄せる。
「家にも息子にも興味がないくせに、口を出すな」
正蔵は言い捨てると、リビングの扉を勢いよく閉めた。
麗香はしばらく扉を睨み、真っ赤な唇を噛み締める。
「……隼人のことまで、あなたの好きにはさせない」
麗香の震える声が、静かな室内に溶けていった。
お化け屋敷を出てからひよりは近くのベンチに座り込んだ。
「最後、凄かったな。まさかあんなものが出てくるなんて」
「言わないで! 思い出したらまた怖くなる!」
「ほんと、びびりだよな。なあ、そろそろ昼飯食いに行かね? 腹減った」
「そうだね。もうすぐ1時だ」
「明治・大正エリアのとこ、ひよりが好きそうなレトロな洋食店あるみたいだけど、行くか?」
「行く!」
ひよりは立ち上がり、隼人は自然に手を繋いで歩き出した。
また、手繋ぐんだ。
そういえば、彼女に見えるための練習だった。
お化け屋敷でも手繋いでくれたのって、練習のためだったのかな……。
明治・大正期の洋風でモダンな建造物やレストラン、レトロな雰囲気の土産物屋などの店が軒を連ねている。
街中に路面電車の線路が通っている。実際に電車が走っていて、アトラクションの1つとして乗れるようだ。
停車駅の前で、マイクを持ったリポーターがカメラに向かって何やら話している。
「テレビの取材かな?」
「プレオープンだからな。鵜野森グループの広報とか報道陣が多いんだ。あとは俺たちみたいな鵜野森グループ内の招待客だけ」
「鵜野森グループってやっぱ凄いね。隼人がその御曹司だなんて、信じられない」
「何でだよ」
「だって、けっこう庶民派だよね? お昼はコンビニのパンだし、服はブランドってわけでもないし。普通に電車使ってるし」
「おまえの中の御曹司のイメージって何なんだよ」
「〇こちゃんの花〇くんとか?」
「非現実的だって。おじいちゃん執事が車運転して、学校まで送迎なんかしねえよ」
「そういうものなんだ。でも、家政婦いるって言ってなかった?」
「それはいるだろ。母親は家事なんてしないし、お袋の味とか知らねえし」
そういえば前に、お母さんはお弁当作らないのか聞いたら、作るわけないって言ってた気がする。
じゃあ、隼人はいつも家政婦さんが作ったご飯食べてるのかな。誰と食べてるんだろう。
1人、とか?
辺りを見回す隼人を見上げる。
「ひより、あそこどうだ?」
向かいのレンガ造りの洋食店を指さす。
「あっ、うん。いいね」
隼人と店内に入ると、香ばしいコーヒーの香りと卵の焼けるおいしそうな匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
着物の上に白エプロン姿の若い女性店員が愛想の良い笑顔を浮かべる。隼人を見て一瞬目を見開き、頬を桃色に染める。
「2人です」
隼人が王子スマイルで答えると、店員はとろけた顔で席に案内した。
制服も大正ロマンって感じ! かわいいな。
でも、あの人、隼人に見惚れすぎだよ。
一応、彼女いるんですけど。
恋人っぽくないのかな。
ひよりは考え込みながら紅色のソファに腰掛かけ、メニューを手に取った。
御品書と書かれた一枚の用紙の片側には、オムレツ、サンドウィッチ、ライスカレー、ビフテキなどのメニューが載っており、もう一方にはコーヒー、紅茶のドリンクメニューが書いてある。
当時のメニューを再現していて、ここでもテンションが上がる。さっきの考え事は消し飛び、メニューのことで頭がいっぱいになる。
「メニューもレトロ! 再現してる感じがたまらない! 何にしようかな~」
「俺、サンドウィッチとビフテキにしようかな」
「2つも食べるの?」
「いいだろ。腹減ってんだから」
「そんなに食べるのに、よく太らないね」
「そういう体質」
「あっそ。私はオムレツと紅茶にしようかな」
隼人が手を挙げて店員を呼ぶと、さっきの女性店員が注文を取りに来た。ひよりの方は見向きもせず、熱い視線を隼人に送りながら注文表にメモを取って名残惜しそうに去っていった。
露骨すぎない?
隼人、嫌じゃないのかな?
隼人をちらっと見ると、何事もないように水を飲んでいる。
隼人にとってはああいうのが日常なんだろうな。
イケメンってだけで他人からじっと見られて、勝手に好きになられて、大変そう。
……だから、自分のことを好きにならなそうな私がよかったんだ。
もし、隼人のこと好きになったら、今の関係は終わるのかな……。
「ひより? 何ぼうっとしてんだよ。そんなに疲れたか?」
ひよりは瞬きを繰り返して、曖昧に返事をした。
「ああ、うん、ちょっと疲れたかな」
「そりゃ疲れるだろ。朝からずっとハイテンションだったからな。ゆっくり飯食って、路面電車でも乗って街を眺めたらいいんじゃね?」
「それいいね。隼人も私のこと、ちょっとは分かってきたんじゃない?」
「上から目線だな。ちょっとどころじゃないな。だいぶ分かってきたよ。その服だって俺が選んだし、このテーマパークに行くことだって俺が持ちかけたし、この店に入るのも俺が決めたけど、全部ひよりの好みだろ?」
隼人は指折り数えて、ドヤ顔をした。
「……確かに。本当の彼氏みたいじゃん」
「本当の恋人に見えるようになってきたかもな。あとは」
向かいに座っていたのに、隼人はわざわざひよりの隣に移動し、肩が触れるほど近くに座った。
「何でこっち来たの? 狭いんだけど」
「こうやって座った方が仲良さげに見えるだろ。あ、来たぞ」
女性店員が注文した商品を銀色のお盆に乗せて運んできた。ひよりと並んで座る隼人を見て、笑顔が固まる。
「……お待たせしました」
頬をひきつらせて湯気の立つ皿を置く。ひよりは刺々しい視線を感じ、目を合わすことができなかった。
「ごゆっくりどうぞ」
固い口調の店員に、隼人が王子スマイルを向ける。
「ありがとうございます」
店員は赤く染まった顔を隠すようにお盆で顔半分を覆いながら店の奥へ消えた。
「よく誰にでも王子スマイルできるね」
ひよりはスマホでオムレツを撮影しながらぽつりと溢した。
「もしかして、嫉妬してる?」
隼人がいたずらっぽく笑う。
「嫉妬なんか、してない!」
してないはずなのに、何故か胸の奥がざらつく。
「ふーん。してないんだ。……残念」
「何で残念なのよ」
「嫉妬するってことは、彼女の自覚でてきたってことだろ? それに、少しは俺に興味持ってくれてるってことじゃん」
「……興味ないわけじゃないよ」
「え?」
「だって、ニセだけど彼氏でしょ。他の男子よりは興味あるよ」
「若松くんより?」
真剣な瞳で射貫かれ、ひよりは視線を逸らしてオムレツをスプーンですくいながら小声で答えた。
「……今は、そうかも」
隼人は緩みそうになる口元を手の甲で隠し、サンドウィッチを頬張った。
隼人の中で、ひよりの存在がどんどん大きくなっている。今まで気付かない振りをしてきたが、これ以上目を背け続けることが苦しくなってきた。
笑ってる顔、無邪気にはしゃぐ姿をもっと見たい。
全部、自分だけに見せてほしい。
誰にも見せたくない。
ひよりには、自分だけを見てほしい。
ずっと隣にいてほしい。
どろどろの独占欲が胸の中に渦巻く。
こんな想いをひよりに知られたくない。
知られたら、この関係は終わる。
隼人は胸元を鷲掴みにし、ビフテキにかじりついた。
店を出て、路面電車の停車場に向かっていると、広報の腕章をつけた男性スタッフに声をかけられた。
「すみません、ちょっとお時間よろしいですか?」
「はい?」
ひよりが首を傾げて、男性の周りに目を向ける。首から一眼レフを下げた男性と、ボイスレコーダーを持った女性が立っている。
「我々広報の者で、皆さんにパークの感想を聞いて社内の広報記事に掲載する予定でして。よろしければ感想と写真を1枚撮らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ひよりがいいなら」
「いいよ。プレオープンに来させてもらったんだからこれぐらい」
「ありがとうございます! お2人は高校生ですか? 初々しいカップルですね」
愛想の良い顔で言われ、ひよりは戸惑いながらもカップルに見られたことが少し嬉しくなる。
「では、いくつか質問させてください。一番楽しかったエリアはどこですか?」
女性にボイスレコーダーを向けられる。隼人に目配せをされ、ひよりは緊張気味に答えた。
「一番を決めるのは難しいほど、どのエリアも素敵でした」
江戸エリアやアトラクションエリアでのお化け屋敷のことなどを話す内に緊張は解け、その後も質問をされるたびに淀みなく語った。
「ありがとうございました! とっても参考になりました。最後に写真だけ、いいですか? お2人とも笑顔でカメラを見て下さい」
男性が言うと同時に、一眼レフの男性がカメラを構える。
隼人がひよりの肩を抱いて整った笑顔をカメラに向ける。ひよりは顔を赤くしながらも頑張って笑顔を作った。
広報の人達と別れ、ひよりは息を吐き出し、緊張を解した。
「はあー。びっくりした。インタビューなんて初めて受けたよ」
「そのわりにかなり喋ってたけどな」
「つい止まらなくなっちゃって」
ふと、土産物屋のショウインドウが目に入る。大正・明治期で使われていた食器や万年筆のレプリカが並んでいて、ひよりは足を止めて眺めた。
「こんなの使ってみたいな。高すぎて買えないけど」
「似たようなのうちにあったな」
「うそっ! さすが鵜野森グループ……」
「今度うちに見に来るか?」
「いいの? 見たい!」
こんなことで目を輝かせるひよりがおかしくて、隼人は思わず吹き出した。
「ぷはっ。そんなにうちに来たいのか?」
「えっ! だって見せてくれるって言うから!」
慌てるひよりがおもしろくて、隼人はつい頭をぽんぽんと撫でた。
「はいはい。分かってるって」
触れられた頭が熱い。
頬も耳も赤くなる。
ひよりは隼人の手をどかし、顔を見られないようにそっぽを向く。
いつものように触れようとして、隼人の手が途中で止まった。
さっきまでは何も考えずに触れられたのに。
今は、その意味を意識してしまう。
「私、お土産屋さん見てくる」
ひよりは逃げるように店内へ入っていった。
隼人はショウインドウから見えるひよりの姿を目で追いかける。
無自覚に押し殺していたひよりへの想いが込み上げる。もう無視できない。
自覚しないわけにはいかなかった。
「俺、ひよりのこと……」
それ以上口にするとニセモノの関係が壊れそうで、隼人は口を閉じた。
その後も閉園までパークの世界観に没入し、ひよりは満足そうに隼人と家路についた。
その日の夜。
隼人はベッドの中で、スマホのフォトフォルダーに保存しているひよりの画像を、締まりのない顔で眺めた。
楽しそうに建物を眺めるひより。
無邪気な顔で妖怪のモニュメントを見つめるひより。
そして、妖怪のことを語るひよりの動画。
『いるんだったら会ってみたい』
そこで一時停止をする。微笑むひよりが画面いっぱいに映る。隼人は指でひよりの顔を撫でる。
「……かわいい」
つい口からこぼれ出る。
隼人は深く息を吐き出し、腕で目元を隠す。
「やばいな、これ」
その頃。
隼人の父・鵜野森正蔵は、広々としたリビングでワインを片手にスマホを操作していた。
そこへ、秘書の上溝に肩を支えられながら酔っ払った隼人の母・麗香が帰ってきて、リビングのソファに横になった。
「あー、飲み過ぎちゃった」
上溝は、呆れ顔の正蔵に丁寧に頭を下げた。
「社長、ただいま戻りました」
「ご苦労。帰っていいぞ」
「はい」
上溝のスーツの胸元にあるスマホが小さく震える。
「失礼いたします」
背を向けてスマホを確認した上溝の眉がぴくりと動く。すぐに、正蔵に画面を見せた。
「社長、JHPのプレオープンに関する社内広報のネット記事なのですが」
画面には、インタビューに応じている隼人とひよりの写真が大きく掲載されている。正蔵の顔が歪む。
「高校生カップルだと?」
いつの間にか起き上がっていた麗香が、正蔵の肩に手を置いて画面を覗き込んで真っ赤な唇の端を吊り上げた。
「あら、あの子、こんな地味で普通な子と付き合ってるの?」
正蔵は麗香の腕を払いのけ、ワインをテーブルに置いて立ち上がる。
「上溝、この女のことを調べろ」
「はっ」
上溝は一礼してリビングから出ていった。
「調べてどうするつもりよ?」
「別れさせる。あいつには跡取りの自覚がない。とっとと鵜野森の嫁にふさわしい令嬢と婚約をさせる」
麗香の笑みが消える。
「……また、そうやって決めるの?」
「何?」
「本人の気持ちなんて関係なく」
正蔵が眉を寄せる。
「家にも息子にも興味がないくせに、口を出すな」
正蔵は言い捨てると、リビングの扉を勢いよく閉めた。
麗香はしばらく扉を睨み、真っ赤な唇を噛み締める。
「……隼人のことまで、あなたの好きにはさせない」
麗香の震える声が、静かな室内に溶けていった。


