恋じゃないふりをして

「ねえ、どこで勉強するつもり?」

学校を出て帰り道を歩き続ける隼人に、ひよりは問いかけた。
 繋いだままの手がじんわりと熱を持っている。

「俺んち」
「えっ!?」
「家政婦さんもそろそろ帰る頃だから、誰もいないはず」
「ま、待ってよ。何で急に隼人の家?! しかも、誰もいないって……。ていうか、家政婦さんって言った?!」
「落ち着けよ。質問が多すぎる」
「だって……」
 
隼人はははっと笑うと、歩く速度を緩めた。

「部室はテスト期間中は使えないし、図書館やカフェだと周りの目が気になって集中できないし。俺、目立つから」
「自慢?」
「事実だって。ついたぞ」
「……これ、家?」

想像以上の豪邸を前に、ひよりは呆然と立ちすくんだ。

 うちの敷地が3つぐらい収まりそう。
 門だけでも相当高級な感じがする。
 隼人、本当に御曹司なんだ……。

 おそるそおそる隼人の後について玄関に入ると、ひよりの部屋と同じ広さのエントランスに目を丸くした。
 廊下の置物や絵画に触れないよう注意しながら、緊張の面持ちで進んでいく。

「入って」
 
隼人の部屋に通される。
 
「お邪魔、します」

部屋の中はいたってシンプルで、すっきりと整頓されている。
 机の上には参考書とノート。棚には英語や経営学の本。
 写真立ても、趣味らしい小物も見当たらない。
 学校ではあんなに目立つのに、隼人の部屋は驚くほど静かだった。
 隼人は2人分の鞄をラグの上に置き、ローテーブルに教科書やノートを広げた。

「座れよ。続きやるぞ」
「あ、うん」

隼人の向かいに座ったひよりは、鞄から問題集やペンケースを取り出しながらふと疑問を口にした。

「参考書とか勉強の本ばっかり。漫画とか読まないの?」
「俺、電子派」
「紙で読むのもいいのに」
「……捨てられるから」
「え? 捨てられるって?」

ひよりは耳を疑い、聞き返す。

「うちの親、いかれてるんだ。ゲームも漫画も禁止。勉強だけやれって」
「うわっ、何それ。しんどっ」
「だろ。でも、小学生の時、親に隠れて小遣いで漫画買ってたんだよ。それがバレてさ、めちゃくちゃ叱られて、全部捨てられた」
「……ひどいね」

隼人はテーブルの上で拳を握りしめる。
 
「俺のこと、会社の駒としか思ってない。鵜野森グループの跡取りになれ、それしか言わないし。俺が何を好きで、どんな人生送りたいかなんてどうでもいいんだよ」

語尾が震える。怒りなのか、寂しさなのか。翳った隼人の顔が痛々しく見えた。
 
「……隼人こそ、1人で抱えてるじゃん」
「は? 何が?」
「苦しいんじゃないの? 寂しいんじゃないの? ずっと1人で我慢してきたんでしょ」

隼人は息を呑み、瞳を潤ませるひよりを見つめる。

「隼人の気持ち、分かるよ。私も同じだから。親が見てるのはあかりだけ。あかりは甘え上手で、欲しいものは何でも買ってもらえる。我儘を言っても許される。でも私は、姉だから甘えるのも我儘も許されなかった。双子なのに、変でしょ」

ひよりは震える唇を噛み締める。
 口に出すと鬱憤を晴らしているみたいで情けなくなる。

「親の方が我儘で自己中だよな。自分たちの価値観押し付けて、おまえはこういうやつだってレッテル貼って、型の中に押し込める。そんなの誰も望んでねえよ」

隼人は深く息を吐き出して、ベッドにもたれかかった。

「本当、それ。私たち、案外似てるとこあったんだね」

ひよりが自嘲気味に笑う。
 ずっと誰にも言えなかった気持ちを、隼人が代弁してくれたからか、少しだけすっきりした。

「まあな」
「ねえ、隼人は将来の夢あるの?」

隼人の視線が、机の引き出しに向く。

「起業したいんだ。いつかは鵜野森に負けない大企業を創りたい」
「そんな壮大な夢、持ってるんだ。凄いね」
「凄くねえよ。まだ夢だから。絶対実現させたい」
「でも、ご両親は後を継いでほしいんでしょ。兄弟はいないの?」
「一人っ子だよ。俺、高校卒業したら留学して、アメリカの大学で経営を勉強したいんだ。それを親父に話したら、大反対」
「何で? 勉強のために留学するんでしょ?」
「海外に行ったら何するか分からないから、親の目の届く範囲にいろだって。しかも、高校卒業したら婚約して、大学出たらすぐ結婚。それが正しいって思いこんでやがる。ふざけやがって」
 
毒づく隼人は拳を強く握りしめた
 
「隼人……。私は、隼人の夢応援するよ。隼人なら、叶えられる気がする」

ひよりの真剣な瞳に、隼人の胸がじんと温かくなる。

「ありがとな。ひよりは夢ないの?」
「私は、まだないかな。好きなことをどう仕事にしたらいいか分からないんだよね」
「民俗学の研究者とか?」
「研究者にまでなれるかな」
「やる気次第だな」
「私はもう少し考えるよ」
「まだ高1なんだから、ゆっくり考えればいいんじゃない? それよりも、今は目の前のテスト勉強しないとだろ」
「あ、そうだった」

ひよりは数問しか進んでいない問題集に目を落とすが、答えではなく溜息しか出ない。

 さっき教えてもらったのに、また分かんない……。
 このままじゃ、赤点がリアルに……。

「赤点回避できたら、ご褒美やるよ」
「ご褒美って?」
「こういうとこ、好きだろ」

隼人がスマホの画面を見せた。 
 相模原市に新規開園する予定のテーマパークのサイトだ。
 ひよりは画面を食い入るように見て、目を輝かせた。

「ここ、行きたいって思ってた! 江戸から昭和初期までの日本をテーマにしてるんでしょ。当時の街並みが再現されてたり、妖怪とか、動物神とかも取り扱ってて、最高だよね!」
「あははっ。絶対そういう反応すると思った。うちの系列の新事業で、モニターとして俺もプレオープンに招待されててさ。ひよりも連れてってやるよ」
「凄い! 鵜野森グループの御曹司、最高!」
 
ひよりはハイテンションで拍手を送った。
 
「赤点回避できたら、だからな。できなかったら、誰か他のやつ誘うかな」
「誰かって、誰よ」
「ひよりの妹とか?」
「な、何であかり!? それはおかしいでしょ!」
「冗談だって。少しは焦った?」
「……別に。隼人が誰と行こうが、私に口出す権利ないから。でも、ここは絶対行きたい!」
「じゃあ、勉強頑張ろうな」
「……うん、がんばる」

急にしゅんと肩を落とすひよりを見ておかしそうに笑いながら、隼人はノートにシャーペンを走らせた。

 それからテストまでの1週間。
 放課後は隼人に数学を教えてもらい、家でも必死に問題集と格闘した。
 その結果——。

「見て、赤点回避!」

ひよりは部室で隼人に結果を見せた。

「よかったな。……平均よりは低いけど」
「いいの! 目標よりは上だから」
「期末の時も家庭教師やるか。次は平均点取れたらご褒美な」
「もう期末の話? しかも平均点でご褒美って。今回のを超えるご褒美なんてないでしょ」
「そんなに楽しみなんだ」
「もちろん! しかもプレオープンで人はほとんどいないとか最高でしょ!」

無邪気に喜ぶひよりが子どもみたいで、隼人は声に出して笑った。

「あっははは。はしゃぎすぎ。子どもか」
「そんなに笑わなくてもいいじゃん。それより、いつ行くの?」
「明後日の日曜」
「明後日! 楽しみだなあ」
「この前俺が選んだ服、着て来いよ」
「あっ……うん」

 そういえばまだ着てなかった。
 なんだか着るのがもったいなくてまだタグも切ってなかった……。
 
「デートだってこと忘れるなよ」
「デート!? 私のご褒美なんでしょ?」
「それ兼、本物に見せるための練習デートってことで」
「なんか嵌められた気分……」

隼人はニセ王子の顔でニヤリと笑って見せた。