花脊の苑


 苑の好きな、ふろふき大根の鶏そぼろあんかけ、蓮根のきんぴら、壬生菜と油揚げのさっと煮、そして豚の角煮。

 食卓に並ぶ数々を、悪どい顔をした幼馴染たちが食いつくさんとしている。

 食いっぱぐれてたまるかと、苑は二人の向かいに座って箸を取った。


「なんやねんお前、なんか言うことないんか」


 栗みたいに日焼けした坊主頭のワタパチが、苑に向かって声を荒げる。

 苑は真っ先に豚の角煮に箸を伸ばし、ワタパチを睨め付けた。


「うるさいねん。勝手に人んち集合しよって」


 口いっぱいに角煮を頬張る苑に、アホヅミも口を尖らせた。


「勝手に帰ってきたんはそっちやろ。盆も正月も帰らんで、あんた今まで何しとったん?」


「……別に。普通に会社員してたけど」


「してたって?あんた会社辞めたんか?」


 心安らかにダフネのおばんざいを味わう予定が、これでは警察署に連行された時と同じだ。

 苑は苛立ちながらも、ふろふき大根に箸を伸ばす。


「……こっちから辞めたったんや。あんな会社」


 嘘である。

 役員の息子であった婚約者の車を穴ボコだらけにした挙句、苑は謝罪などしないと啖呵を切った。

 その次の日には苑のデスクはきれいさっぱり片付けられて、書類送検されたことを理由に自主退職を迫られた。

 思い出しただけでも腹が煮えくりかえるのを、ほろほろと柔らかな大根の甘みが慰める。


「ほんで?お前ら二人はどうなんよ。ちゃんと仕事しとんのか?」


「ああ?あんまナメんなよ。俺は今や親方やぞ」


「いうても一人親方やろぉ?」


「うっさいねん、親方は親方や」


 ワタパチの親父さんが鳶職だったこともあり、ろくに就活もせず同じ職に就いたのだろう。さして驚きはなかった。

 気になるのはアホヅミの方だ。

 化粧が派手なのは昔からだが、ずいぶん綺麗になった。

 苑のように剥げたネイルなどしていないし、明るい髪色だってくすんでいない。

 身につけている服やアクセサリーも、露骨なブランド物ばかりだ。
 
 下衆な勘繰りをした苑は、アホヅミの手首に光る金のブレスレットを箸で示した。


「そっちはあれか。キャバ嬢か」


「ああ?だったらなんやねん。やるかコラ」


 普通なら震えあがるところを、苑は思わずニヤリとした。

 こんな調子で腹を割って話せる相手なんて、東京には一人もいなかった。

 テーブルの下でアホヅミの素足に小突かれると、苑はニヤつきながら小突き返した。

 女二人のやり取りを背中で聞いていた巧身が、強張った顔で苑の隣に腰を下ろした。


「……あの、ヤクザなん?自分ら」


 それを聞くなり、ワタパチは猿のように手を叩いて笑い出した。


「いやホンマ!ホンマそれっすわ!こいつら昔っから、女のくせして物騒すぎんねん!」


「なあ?女の子はもうちょい淑やかなんがええよなぁ?」


「え〜!ちゃうんよ巧身さん!うちが口悪くなるんはバカ苑オンリーやから!」


 猫撫で声をあげるアホヅミに相槌を返しながら、巧身は手を合わせて箸を取った。最初に箸をつけたのは、壬生菜と油揚げのさっと煮だ。


「巧身さん酒いります?俺、注ぎますわ」


「ええよええよ。食べな」


 酒を断ってから壬生菜を一口食べると、巧身は頬を綻ばせた。その横顔に見惚れている苑の足を、またもアホヅミの足が小突いてくる。

 なにすんねんと口をパクパク開く苑を無視して、アホヅミは巧身にニッコリと笑いかけた。


「巧身さんって、バカ苑と会うん初めてですよね?」


「そやで。なあ?」


 なあ?と言われた苑がぎこちなく頷くと、麦茶の入った瓶を片手にダフネがやってくる。


「巧身がなぁ、山でこの子を拾ってきてくれはったんよぉ。まっさか帰ってきてるなんて思わんから、うちももうビックリして」


「なんや山で拾われたて。ヘタこいて埋められてたんか?」


「黙れアホヅミ」


 小気味いいやり取りにくつくつと肩を揺らしながら、巧身はダフネのために椅子を引いた。

 おおきにと答えたダフネが腰を下ろすと、巧身はワタパチとアホヅミを交互に見た。


「二人は、オソノちゃんのことよう知っとるんやろ?」


「知っとるもなにも。こいつとアホヅミがなんかやらかすたびに、俺まで怒られて……」


「「ふざけんなこっちのセリフや」」


 一言一句違えることなく揃った台詞に、苑とアホヅミは面食らったように顔を見合わせた。

 ダイニングテーブルを囲う孫娘たちを眺めながら、ダフネは幸せそうに微笑んでいる。

 そんなダフネを、巧身もまた幸せそうに見守っていた。