ひとしきり笑うと、巧身は木場の肩をぽんと叩いた。
「よし。ほんなら龍ちゃん、松上げで決めようや」
「あ?松上げ?」
「そ。来月の松上げで、先に大笠に火ぃつけた方が勝ちや。龍ちゃんが勝ったら、俺はもう邪魔立てせえへん。でも俺が勝ったら……」
巧身はチラリと苑を見遣ると、木場に微笑みかけた。
「そん時はこの子、俺がもらうから」
そう言い切った巧身に、木場は再び鼻先を近づけた。
「ええで。その勝負乗ったるわ」
「そしたらちゃんと手伝いきてな。毎度のことやけど、人手不足で困ってんねん」
「おお、任せとき」
立ち尽くす苑を他所にして、男二人は少年漫画のライバル同士のように互いを見据えて笑っている。
綺麗に着飾って浮かれていた自分を、苑は引っ叩いてやりたくなった。
苑は下唇に八重歯を突き立てると、巧身の手を振り払った。
「オソノちゃん……やのうて、若宮さん」
呼び止める巧身の前を突っ切って、ツカツカとVIPルームの出口に進んで行くと、苑はそこで足を止めた。
扉の前で振り返った苑の顔には、怒りや悲しみは滲んでいない。
オリーブブラウンの瞳は、真っ直ぐに巧身を見つめていた。
「バイト初日に飛んだんは、すんませんでした。……巧身さん」
あんなに呼ぶのを躊躇っていた名前なのに、今だけはすんなりと口をついた。
いつもだったら大口を開けて声を荒げるところを、苑は淡々と続けた。
「せやけど……。うちのことバカにするんも、大概にしてくれますか」
恐ろしいほど静かな苑の言葉に、巧身は困惑したように瞬きを早めた。
苑は長い睫毛を伏せて、小さく笑った。
「筋がええって言われたんは、嬉しかった。……けど、うちのこと振り回してオモチャにする気なんやったら、他当たってや」
重いガラス扉に手を当てた苑は、反射する自分の顔を睨みつけて言った。
「うちはそんな、安い女やないわ」
瞬間、巧身の目が大きく見開かれた。
男二人をVIPルームに残し、苑はヒールを鳴らして暗い廊下に出て行った。
*
客席に戻ってきた苑を、菊地のオッサンは温かく迎え入れ、あれよあれよとシャンパンを入れた。
アホヅミの制止を振り切って、苑は浴びるようにシャンパンを煽った。途中、件の男二人がVIPルームから出てくるのを端目に見たが、構わず飲み続けた。
(男なんて、やっぱどれも同じや)
ネオンライトが揺らぐ視界の中、安い笑顔を振り撒きながら、苑は腹の中で呟いた。
(調子のいいこと言うんは、最初だけ。飽きたらどうせすぐ捨てられる。……前の男と、なんも変わらんわ)
アホヅミが苑の手からグラスを取り上げるのを、これは愉快とばかりに菊地がゲラゲラ笑っている。
屈託のないその笑顔が、だんだんと形を歪めて滲んでいく。
(……イケメンで、才能あって、金も持ってて。うちみたいな女、そりゃオモロいわな)
だんだんと目の前が暗くなってきたのは、店の演出か何かだろうか。ぼんやりとしてきた苑は、一瞬だけのつもりで目を閉じた。
(ええなあ。あんな男に、死ぬほど惚れられてみたいわ)
遠くの方からアホヅミの叫び声が聞こえてくる。
菊地のオッサンが、アホみたいに高い酒でも入れたのだろうか。
まったく現金な奴やと、苑はうっすらと微笑んだ。
ふわふわとした心地よさに包まれながら、苑の体はキャバクラの硬いソファに沈み込んでいった。
