覚えたての化粧をして、十五歳の苑は大人になった気でいた。
「バーーーカ!」
十五歳の苑は、これでもかと下瞼を引っ張りながら、当時十七歳であった木場龍司に向かって舌を出した。
それがどんなに愚かなことであったか、苑はすぐ後に知ることになる。
花脊山の黄色い花畑で、真夜中に抗争が勃発したのだ。
洛北と洛南にあった不良少年グループが激突し、火炎瓶が飛び交う中での殴り合い。
物見遊山で見に行ったことを、苑は心から後悔するほど凄惨な現場だった。
洛北と洛南のリーダーは、どちらかが力尽きて倒れるまで殴り合いを続け、結果として軍配は洛南側に上がった。
その洛北のリーダーこそが、この木場龍司だ。
「……お前、何しとんの」
ドレス姿で中年男に寄り添う苑を見下ろしながら、木場は怪訝そうに眉根を寄せた。
「ちょっ、ちょっと木場さん!うちに会いにきてくれたんやろ〜?ほら、奥のボックス席いきましょうよ〜」
「いや無理。俺こいつ指名したい」
顔を引き攣らせるアホヅミを無視して、木場は苑の腕をやんわりと掴んだ。
「なあ。こんなとこで会うたのも、なんかの縁やろ。ちょっと話そうや」
苑は一秒間で死を覚悟した。
この男がその気になれば、苑を山に埋めるくらい朝飯前だと十五歳の記憶が教えている。
誘いに乗っても死ぬ、断っても死ぬ。
思考を停止する苑に代わって、横にいた菊地が声を荒げた。
「ちょっとあんた!俺についてる女やで!ナンボなんでも無礼がすぎる……やろ……」
菊地の声はどんどんと尻すぼみになって立ち消える。
苑は激しく菊地に同情した。
こんな両腕に龍飼ってるやつに凄まれたら、誰だってそうなるよなと抱きしめてやりたくなった。
「じゃ、じゃあ……。ちょっとだけ?いってみるか!若菜!」
約束通り戻ってきたと言わんばかりに、アホヅミは菊地の隣に滑り込むと、苑に向かって親指を突き立てた。
いってこい。今すぐ。
アホヅミの口が声を出さずにそう動いた。
「ほら、こっち来いよ」
髑髏の指輪がはまった手が、苑に向かって差し出される。
苑はゆらゆらとスパンコールのヒールで席を立つと、死刑台に向かうかのような面持ちで歩き始めた。
*
奥のボックス席というのはVIPルームのことを指していたらしく、苑は密室のソファ席に木場と横並びに座ることになった。
あからさまに距離をあけて座る苑を、木場は横からチラリと見遣る。
「……金に困っとんのか?」
気の強そうな尖った眉に、ツンと立った鼻先が懐かしい。
あの頃は金髪にしていたが、今は黒髪を刈り上げた短髪になっている。
身につけているシルバーと両腕の刺青がなければ、そこそこの好青年にもなれそうな気がした。
はちゃめちゃに金に困ってます。
苑はそう喉元まで出かかったが、そればかりは内心に留めてただ頷いた。
「なんや、借金か?」
「……いや、あの……。普通に、東京でやらかして……」
「やらかしたって何を」
口で説明するのも野暮かと思い、苑はクラッチバッグから取り出したスマホを操作して、木場に渡した。
木場はそのニュース画面にじっと目を凝らすと、改めて苑の方を振り返った。
「……なんやこれ。この車の持ち主とお前は、どういう関係なん?」
「……ガッツリ浮気されとった、元婚約者です」
木場はもう一度ニュース記事に目を落とすと、くくっと声を上げた。
「おまっ……!ホンマに変わっとらんなぁ!」
「いやもう、人生最大のしくじりなんで……」
木場は俯いたまま話す苑の方に身を寄せると、苑の肩を抱き寄せた。
「ちょっ……!」
「やっぱお前、最高やわ」
「近っ!近いですって!」
苑が手で遮ろうとするのを無理やりに押し切って、木場はさらに距離を詰めてくる。
「ちょっと木場さんっ!ホンマにっ!」
髑髏のついた指で苑の頬を捕えると、木場は切れ長の目をさらに細めて苑を見つめた。
「なぁ、こんなとこさっさと辞めや。俺の女んなれよ、若宮苑」
苑がヒュッと喉を鳴らすと同時に、VIPルームの扉が大きく音を立てて開かれた。
「うちのバイトさんに何してくれてんねやろ〜?」
扉の前に立った巧身の目は、全く笑っていなかった。
