花脊の苑


 そこが東京であろうと京都であろうと、時代が平成から令和に移ろうとも、男という生き物は変わらない。


「さすがやわぁ」


 満面の笑みのアホヅミが手を叩く。


「え〜!知らなかったぁ〜!」

 
 わざとらしく口に手を当てながら、苑が目を見開く。


「「すご〜〜〜い!!」」

 
 五年の空白期間をものともせず、アホヅミと苑は息のあった連携プレーで男たちをおだてまくった。

 CLUBモンドのナンバーツー、有菜。
 好きな漫画家の名前からとったという、アホヅミの源氏名だ。
 
 その有菜の幼馴染という触れ込みで、苑の体験入店は鳴り物入りに幕を開けた。


「しっかし有菜!こんな隠し玉もってたなんて、俺ホンマ目ん玉飛びでるとこやったわー!花脊の幼馴染なんやろ!?」


「そうなんよ菊地さ〜ん。うちらめっちゃ仲良くて〜、花脊の山でずーっとお花摘みとかして遊んでてん。なあ、若菜?」


「そうなんですぅ〜!うちら同い年やし、よう姉妹に間違えられたりしたよなぁ〜」


「はっはー!さすが花脊って名前だけあるわぁ!二人ともお花の妖精さんみたいやでー!」


 なにがお花の妖精さんじゃボケ。

 互いの顔や言葉に出さずとも、腹の内で舌打ちするのがありありと伝わってくるようだった。

 すっと黒服の男が現れると、アホヅミの耳元に耳打ちして去って行く。

 くるりと振り返ったアホヅミは、虫唾の走る笑顔で菊地の手を取った。


「ごめんなさい菊地さ〜ん。呼ばれてもうたから、ちょっと失礼しますぅ〜」


「ああっ!なんやなんやぁ!両手に花やったいうんに〜!すぐ戻ってきてや〜?」


「うふふっ、戻ってくるくる〜」


 ヒラヒラと手を振るアホヅミを名残惜しそうに見送ると、菊地は野太い指でグラスを手に取った。


「いやはや、有菜はホンマ人気もんで困るよなぁ。俺なんか、その他大勢の一人くらいにしか思われてへんもんなぁ」


「ええっ!菊地さん、こないに素敵な人なんに〜?そんならうちがもらっちゃおうかな〜」


「あっはっは!キミはホンマに体入なんかぁ〜?ずいぶん慣れてるや〜ん!」


 そう言われると腹が立つが、事実として苑はこの手の男の扱いに慣れていた。

 苑は前職でも、営業や接待などに連れて行かれることが多く、その場に花を添えるだけの立場だった。

 会社の同期たちは散々に陰口を叩いていたが、当時の苑には負け犬どもの遠吠えにしか聞こえなかった。

 『若宮さんは筋がええな』

 鉈を振るって得た褒め言葉を思い出すと、苑はわずかに苦笑いを浮かべた。

 ふと喧騒の中にどよめくような声が聞こえてくると、菊地が大きく舌打ちをした。


「なんやねん、有菜のやつ!あのヤクザもんとこ行きよったんか!」


「……ヤクザもんて、どちらさんですか?」


「木場や木場!ここのケツモチしてる、ヤクザまがいの金貸しや!」


 木場。
 
 どこかで聞いたような名前に眉を顰めた苑は、こちらに向かって突き進んでくる男に向かって顔を上げた。

 色とりどりに変わる店の照明に、両腕に龍の刺青を入れた男が照らし出される。


「……お前、若宮苑やんな?」


 木場龍司。

 苑とアホヅミの二個上の先輩であり、最強にして最恐と言われた伝説のヤンキーである。